シリウスは、元の世界でのことを語りだす。
僕はイタリア人だってことは言いましたよね?
ケンタさんのひとつ下で、学生をしていました。学生といっても、ほとんど学校には行ってませんでした。勉強は好きじゃなかったけど、今思えばもう少しやっておいた方がよかったですね。
アルバイトをしてたって話してましたっけ?
あれ、半分は本当で、半分は嘘みたいなものだったんです。すいません。
アルバイトというか、家の仕事を手伝っていた、というのが真実で。ええ、もちろん同じようなものだと思うんですけど、きっとケンタさんが考えているようなものではないんです。
その仕事というのが……。
いえ、こんなこと言って信じてもらえるかどうか分からないんですが……。
僕の家はイタリアでは有名なマフィアだったんです。
映画とかで見たことあると思います。日本でいえばヤクザってやつですかね?
まわりにはフェレーロ・ファミリーと呼ばれていました。
表向きは地元の名士、って感じだったんです。堂々とマフィアを名乗るわけにはいきませんから。僕も小さい頃は、地主とか、町長とか、父親のことをそう思っていましたから。
地元では、きっと恐れられていたんだと思います。毎日、父に会いに来客が絶えませんでした。子どもながらに、父親は人気があるんだと、尊敬すらしてました。
バカですね、僕は。自分の家がマフィアで、父親がボスだと知らずに、育っていたんですから。
でも僕もだんだんと気づくわけです。家には家族以外の黒服の男たちが常駐していて、僕のことを「ぼっちゃん」なんて呼ぶんです。年齢が大きくなるにつれ、自分の家の異常さに気づいていくわけですね。
どこにいくにも高級な車に乗せられて、僕の周りには黒服が付き添いました。
そのころから学校には行っていませんでした。詳しい理由は知りませんが、僕がフェレーロ・ファミリーだから断られたんだと思います。
勉強はずっと家庭教師に任せてました。おかげで友達もいませんでしたし、いや、学校に行っていたとしても友達ができたとは限りませんよね。なんたって僕は、マフィアの子どもなんですから。
うちの父親が、それこそ非合法なことを生業としていることに気づき始めたのは10歳ころだったと思います。
ある日、夜中に家が騒がしくなって僕は目を覚ましてしまいました。
家自体は敷地内にいくつかあって、いつも僕は父親とは違う建物で寝ていたのですが、夜中に何台も車が家に入ってきたんです。
誰が来たんだろうか。いつも僕のことをぼっちゃんと呼ぶ、あの男の人たちが来たのかと思ったのも束の間でした。
敷地内で銃声が鳴り響いたんです。銃、というか、マシンガンでしょうか。
僕もテレビや映画でしか聞いたことのない、あのけたたましい銃声が響きました。僕は恐ろしくなってベッドの中にくるまりました。すぐにいつもの男たちが「ぼっちゃん大丈夫ですか」とやってきて、すぐに安全なところに連れていかれました。
それからしばらくは家に帰れず、ホテルを転々とした生活を送っていました。家族にも会えず、このときに自分の家は普通じゃないってことに気づいたんです。
あとから聞いた話ですが、敵対するマフィアグループの襲撃に遭ったようでした。
僕の家の被害は大きくなかったそうですが、これをきっかけに警察からの締め付けが厳しくなったのは言うまでもありません。
僕もようやく家に帰ったのですが、どこか父親の元気もなくなってしまったように思いました。いつも家にいた男たちの人数も減り、父親に会いに来る人々も減りました。
でも僕はそれが嬉しかった。ようやく、父親も悪いことから手を引いてくれると考えたんです。僕もほかのみんなと同じように学校に通えるようになるかもと、淡い期待もありました。普通の家に戻れると、そう考えました。
でも、状況は変わらなかった。
そのまま五年が過ぎた頃、再びフェレーロ・ファミリーは拡大しようと動き始めました。あの襲撃事件のほとぼりが冷めるのを、父はじっと待っていただけでした。
そして15歳になった僕も、その波に飲まれたんです。
僕はフェレーロ・ファミリーの一員として、父の仕事を手伝うことになったんです。
最初は、黒服の男たちについて、その仕事を学びました。初めて会う人たちも、僕が父の息子だと知ると握手を求めてきました。僕を見る目が変わるんです。中には僕のことを恨むような目で見る人もいましたが、そういう人には二度と会わなくなりました。
主に仕事は、取引のようなものです。僕たちが何か品物を持っていき、それと引き換えに大量の金をもらう。簡単に言うと、その程度の仕事でした。
僕はそこにいるだけでよかったんです。取引を潤沢に進めるためのアイテムのようなものだったんでしょう、僕の存在は。
悪いことをしている自覚はありました。僕たちが取引している品物が何かは、もちろん把握していました。だってすでに僕はフェレーロ・ファミリーの一員でしたから。
完全に犯罪ですよ。でも僕は、現実を見ないようにしていた。
これは仕事で、僕はやらされているだけ。そう、フェレーロ・ファミリーのボスに。
父とは家族以上の、ファミリーになっていたんです。
この意味は、ケンタさんには難しいかもしれません。理解してもらう必要はありません。
僕の中で、父は父ではなくなっていたんです。
それが、フェレーロ・ファミリー。
そのころの僕も、実はよく分かっていなかったんでしょうね。だから、どんどんいい気になっていったんです。
僕よりも年齢が上の大人たちが、僕にヘコヘコするんですよ? 中には僕の手を取り、跪いて手の甲にキスをする。
こんなことが繰り返されると、僕は僕でなくなっていくんです。すごい力を持っているように錯覚してしまうんです。
何も持っていないし、何も結果を残していないのに、フェレーロの名を持っているだけで、僕は無敵の存在のように思えてきた。
馬鹿だったんですね、いま思えば。それで僕はどんどんとフェレーロ・ファミリーの仕事にのめりこんでいく。
そして父に認められようとして、危険なことに手を出すようになってしまいました。
父から頼まれた仕事とは別に、僕が自分でとある仕事を引っ張ってきました。もちろん父には内緒で、金額的にはそれまでやっていたものの数倍の規模でした。
この仕事をまとめれば、父にも認められると考えた僕は、数人の仲間を引き連れて、取引に向かいました。
もう勘のいいケンタさんなら、この後どうなったか想像がつくと思います。
でも当時の僕は調子に乗っていた。自分の力でもないのに、それはすべて父とファミリーの力なのに、自分が偉くなったと錯覚していたんですね。
それで、もっと大きくなってやろうと、こういうのは向上心というのでしょうか? 何も考えずに、うまい話に飛びついたんです。
よくケンタさんに叱られますよね。僕は猪突猛進で、直感だけで動きすぎだって。
このときから、僕は変わってないですね。ダジュームに来てからは変わろうと思っていたのに、今も昔もやっていることは同じです。
話を元に戻すと、その取引はもちろん、罠でした。
そんな美味しい話に飛びつくのは、僕みたいな若造くらいの、見え見えの罠でした。
取引場所で、僕たちは囲まれました。どうやら、以前僕の家を襲撃したあの敵対組織だったみたいです。
僕は出会いがしら、あっさり殺されたようです。
銃で一撃か、二撃。
それがぼくの 最後の記憶です。
気がつけば、このダジュームに転生していました。
「シリウス……」
俺はようやく、その名を呼んだ。
シリウスの壮絶な過去を聞いて、何を言えばいいのか分からない。
のほほんと高校生活を送っていた俺とは大違いの人生を送ってきていたのだ。
「僕が死んで、父が、ファミリーがどうなったか分かりません。もしかしたら、元の世界では大変なことが起きているかもしれません」
マフィアの息子のシリウスが殺されたとなると、その後の報復を想像しないわけにはいかない。
「だからこのダジュームでの二回目の人生は、僕への罰でもあり、贖罪でもあるんです。今度の人生は、誰かの役に立ちたいと考えていたのは、そんな人生を送って、そんな死に方をしたからなんです。今度は自分の力で、誰かに感謝されるような人生を送りたい。それだけなんです」
ベッドの上でずっと天井を見つめながら語ったシリウスは、そっと目を閉じた。
「だから、勇者パーティーに入ろうとしているのか」
「そうです。魔王を倒したら、僕の罪を許してもらえるような気がして。都合のいい解釈ですけどね!」
ハハ、と自虐的に笑うシリウス。
「何もやらずにただ環境や状況に流されていくより、自分で一歩を踏み出すことの大切さを知りました。じぶんの 道は自分で決めなきゃって。
マフィアの息子として生まれ、その環境を受け入れて犯罪に手を染めてきたシリウスは、その罪を償うために二度目の人生を、自分の意志で決めようとしている。
それが、勇者パーティーに入って、魔王を倒すこと。
誰かの役に立つために……。
「今の自分がどれだけできるか確かめたいんです。勇者に会って、自分の力を知るために。今度は勘違いしないように」
シリウスが、過去の失敗を踏まえ、勇者に会う目的を確認する。
「……そうか」
俺はもうこのシリウスの過去を知って、勇者に会いに行くなとはいえるはずがなかった。
「いつかケンタさんが言ってくれたじゃないですか。『俺たちは家族だ』って。あの言葉嬉しかったなぁ……」
シリウスが思い出すように、言う。
確か、カリンが転生してきたときにそんなことを言った気がする。
シリウスにとって「家族」という言葉の重みは、相当なものなのだろう。
「シリウス……」
「ちょっと喋りすぎましたね。明日早いんで、僕はもう寝ます」
「ああ、おやすみ」
そして俺たちは、明日に向かって目を閉じた。
翌朝、起きるとすでにシリウスの姿はなかった。
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