「俺がモンスターと人間の会談を実現させるための使者になれって? 本気で言ってます?」
「もちろんだ。アイソトープという立場のケンタ殿が適任であろう」
ギャスはもうそれで決定したかのように、眉を動かす。
「それは無理ですって! だって俺、この前も勇者に殺されかけてるんですよ? 右手を切られたり、魔法で攻撃されたり、話す余地すらなかったんですから!」
あれは散々な出来事だった。俺はデーモンになっていたからダメージを受けなかったが、この姿だったら秒で死んでた。
第一、勇者は【蘇生】スキルを持っている俺を本気で殺したいのだ。それはランゲラクと同じ理由で――。
「我々も事情は聞いている。……【蘇生】スキルのことであろう?」
ウェインライトが声をひそめる。
「し、知ってたんですか?」
俺はこのスキルはトップシークレットであると感じていた。それは魔王軍においても当然のことで、ベリシャスの三本槍であるこの三人にも当然伏せられていると思っていた。
何しろこのスキルは、俺の命に直結する秘密なのだから。
「安心してもらっていい。これは三本槍の我々だけに魔王様より明かされたこと。ケンタ殿にとって裏の世界において、魔王城の次に安全なのはこのスキル教習所だ」
「じゃああなたたちがここに集まっているのは?」
「ケンタ殿を守るためでもある。安心なされよ、ランゲラクの手の者はここには決して近づけまい」
レイがにやりと口元を歪めた。
今俺は最強のボディーガードたちに囲まれているというわけだが、それはそれとして使者の件は別である。
「だったら分かってもらえるでしょ? 俺が勇者から狙われてるってこと! 使者なんかになれるわけないじゃないですか! 今の俺じゃ、すぐに殺されますよ!」
俺はつい立ち上がって、この貧相なアイソトープの体を見せる。
ダジュームに来てハローワークで訓練を受けて多少は筋肉がついたとは思うが、勇者だモンスターだと肩を並べるほどのレベルは上がっていない。だって薪拾いしかしてないんだし!
「待て待て、ケンタ殿。なんのためにここへ来たんだ? スキルを学ぶためだろう?」
レイが俺を落ち着けようとする。
「そ、そうですけど……。そんな簡単に【変化】スキルも身につかないですよ」
「ギャス殿」
「うむ」
名前を呼ばれたギャスが、ゆっくりと立ち上がった。そして間髪入れず、俺に向けて両手を広げる。そのわきに浮いている八面体のビットがぴたっと止まる。
「な、何をするんですか?」
俺は肩をすくめて、一歩後ずさる。
「【変化】スキルを身につけたいのであろう?」
「いや、そうですけど……」
「ではじっとしておけ。動いたら死ぬぞ」
「し……」
俺は息を飲み込み、微動だにしなかった。
この前のベリシャスに魔法をかけられたときと言い、なんで俺がこんなリスクを背負わなきゃいけないんだ!
そのあとは、これまでと同じだった。ギャスの手のひらから光があふれ出し、俺の体内に吸い込まれていった。俺の体は次第に熱くなるが、表面上では何も変わることはなかった。ベリシャスに【変化】をかけられた時と違い、俺はデーモンにはなっていない。
すぐに光は収束し、一瞬鳥肌が立ったが、俺は普段の姿を維持していた。
「これで問題ない。ケンタ殿、【変化】のスキルが身についたはずだ」
「マジっすか」
ベリシャスみたいに魔法をミスってないかと不安ではあったが、なんだか俺の体の中が熱い。オーラがみなぎるとはこういうことなのかと、流れる血が沸騰しているような感覚があった。
「すでに魔王様から【変化】の魔法をかけられているゆえ、ケンタ殿の体内にはオーラの流れは形成されておる。あとはその流れを自発的に発現できるように変えてやるだけだ」
ギャスは再び椅子に座り、腕を組んだ。
俺が魔王から【変化】の魔法を受けたことも知っているらしい。あれは失敗だったんだけどな!
「使ってみればいい」
ウェインライトが簡単に言ってくる。
「どうやって……?」
「念じればよい。頭の中でイメージするのだ。デーモンに変化する自分の姿を」
俺は盲目の剣士に言われた通り、瞳を閉じる。
思い出すのはあのデーモンの姿。圧倒的な力を持ち、空を飛び、片腕を切られても痛みを感じない強靭さ。
今でもはっきりと意識できる。何も持たざる者として転生してきた俺が、一週間限定で手に入れた力だった。
デーモンになってみると、いつの間にか俺は自信まで手に入れたような気持ちになっていた。勇者にも簡単に勝てると分かれば、何も怖くなかった。
力があれば、なんでもできる。
そんなことに気づいてしまった。でも――。
それは危険なんだ。そう考えた結果が、今のモンスターの現状なんだ。暴力ですべてを解決しようとして、人間を下に見て、一方的な征服に向かってしまう。
それこそが、憎しみの連鎖を作ってしまうんだ。
だから俺は決してモンスターに飲まれない。あくまで人間とモンスターの間の存在としてあり続けなくてはいけない。それがアイソトープの俺の役目!
「ケンタ殿……?」
ウェインライトの声が少し妙だった。
俺はそんなことには構わず、デーモンの姿をイメージする。
それはこの前、強制的にベリシャスに変化させられたデーモンでありながら、まったく同じものではなかった。
俺なりのデーモン。
人間とモンスターを繋げるアイソトープ。
俺がここにいる意味。
ケンタ・イザナギという存在。
体の中がいっそう熱くなった。体中のオーラが活性化して巡り渡る。思考が形になろうとする。それは俺の断固たる意志。
全身にオーラがまとい、【変化】のスキルが発動されているのを感じる。すべての毛穴から、俺のオーラが蒸気のように湧き上がっていく。筋肉が内から盛り上がっていく。五感が研ぎ澄まされていく。
オーラが溢れていく。デーモンに変わっていく自分を感じる。
これが、【変化】!
俺はまたあのときの力を手に入れてしまったようだ。モンスターの体と、力を。
「よし……」
俺はふっと目を開ける。
目の前に見えたのは、自分の手。
それは、まったくなんの変化もしていない、俺の細い手だった。デーモンの真っ黒な皮膚、浮き出る血管、尖った爪、なんてものはどこにもなかった。
「あれ?」
さっきのイメージとオーラはなんだったんだと全身を確認するが、俺はまったく変化していなかった。
さっきまでと同じ、アイソトープだった。
思わず、モンスターの三人に助けを求めるように目をやる。
「あの……。まったく【変化】できてないんですけど?」
ギャスの野郎、ミスりやがったな? 魔王軍の奴らはいつもこうだよ!
イメージしていたデーモンにはならず、ただの妄想だったのかと思うと急に恥ずかしくなって内股になってしまう。何が「オーラが溢れてくる……!」だ! ちっとも出てねーよ!
顔が熱くなってきた。はっず!
「なんだこのオーラは……?」
レイが口元を押さえながら、なぜか真面目な顔で俺に尋ねてくる。
いやいや、オーラが出なかったので俺はただのアイソトープのままなんですけど?
「【変化】のスキルを超越したというのか、ケンタ殿が……?」
今度はウェインライトまで眉間に皺を寄せて唸っている。
何を言ってるんですか? ドッキリですか? 純粋なアイソトープを騙しておもしろいですか!
「よもや、オーラを刺激しすぎたようだ。しかし、これはケンタ殿の中にもともと眠っていたオーラだ」
ギャスは自分でスキルを目覚めさせておいて、何を言っているのだろうか? これ、あなたのミスじゃないんですか? あの魔王あって、この部下ありだよ!
「何を言ってるんですか、あなたたちは。何も変わってないじゃないですか! 俺をからかうのはやめてくださいよ! 俺だって怒りますよ!」
気を使われているのだとしても気持ち悪い。
「ケンタ殿は気づかないのか? 己の体からあふれ出るオーラを……」
「あふれ出したと思ったんですよ! でも、このままじゃないですか? まったくどこも変化してないし。俺が一番ガッカリしてるんですから!」
変化しない【変化】スキルなんて、飛べない鳥だ。コケコッコーである。
「ケンタ殿、気づかぬのならばこの壁を殴ってみるといい。いや、殴らなくとも、思いっきり壁を押すだけでよい」
ウェインライトが会議室の壁を指さした。
「押したからってどうなるんですか。まさかドカンと穴が開くとでも? ドッキリにしてもこんなの質が悪いですよ!」
俺は仕方なく、何も変わっていないことを証明しようと壁に右手を当てた。そして軽く、ほんの軽く壁を押してみた。すると――。
どぎゃん!
「ぎゃあ!」
壁に大きな穴が開いてしまい、俺が一番びっくりして声をあげてしまった。
「俺、ほとんど力を入れていないんですけど……?」
「【変化】のスキルは身についているのだ。ケンタ殿は姿を変化させることなく、レベルのみモンスター時のものへと変化したのだ」
「レベルだけ、モンスターに変化?」
繰り返すとギャスが小さく頷く。
「体は変化していないが、ケンタ殿のオーラは格段に上がっている。我々のレベルまでとは言わないが、魔王軍の一個師団を任せられるほどのレベルだ」
レイも腕を組んで、俺の頭のてっぺんからつま先までを興味深く観察している。
「それって中ボスレベルってことですか? この姿なのに?」
「以前のアイソトープのケンタ殿ならば、そんなに簡単に壁を破ることができたのか?」
「いえ、できるわけないです。腕の骨をバキバキに骨折してましたよ……」
自分の拳を見ると、擦り傷ひとつない。自分の手じゃないみたいだ。
「ということは、デーモンにならなくても、俺はレベルだけアップしたってことですか?」
三本槍は俺の疑問に黙って頷いた。
なんと俺は【変化】のスキルを入手し、なぜか俺のレベルだけがアップしてしまったのだった。
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