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ハマカズシ
ハマカズシ

異変

公開日時: 2020年10月8日(木) 18:00
更新日時: 2021年12月16日(木) 10:16
文字数:5,339

 午後0時。アレアレア中央広場~アレアレア・カテドラル


 パレードを終え、俺たちはカリンが立てた観光プランに沿って行動をしていた。


 まずはみんなで世界平和を祈ろうと、アレアレア・カテドラルに向かっていた。いわゆる、教会である。


「ゲームの世界だとさ、教会に行けば生き返るとかあるじゃん? ダジュームでもそうはいかないのかな?」


「そんな簡単に生き返ったら、魔王は真っ先に教会を壊滅させるはずですよね? 勇者を何度倒しても生き返られちゃ、魔王もやってらんないですよ。無理ゲーです」


 俺の素朴な疑問に、シリウスは冷静に答える。


 さっき勇者に会って大興奮していたミーハーな姿とは大違いで、いつものクールなシリウスに戻っていた。


 さっきのミーハーっぷり、動画に撮っておけばよかったよ。ホイップにも見せてあげたかったぜ。


「そうだよな。RPGとかの魔王って大体バカだからな。俺が魔王だったらとりあえず世界中の強い武器とか魔法とかをさっさと回収するよ。それでいきなり勇者が弱いうちにさっさと退治しちゃう。勇者のレベルが1のときに魔王直々に殺せば、世界征服終了だぜ?」


 レベルの低い勇者に合わせて弱いモンスターをぶつけるなんて、魔王って優しくない? ゲームの魔王ってドMなの?


「まあ、それはゲームの世界ですからね。そんなことしたら、ユーザーが切れて訴訟問題ですよ」


「そうよ、ケンタくん。現実とゲームは違うんだからね。ごっちゃになると、大変だからね?」


 なぜかカリンにまで諫められる。


 今こんな話をしているのが、勇者も魔王もいる異世界だということを理解しているのだろうか?


「でもこのダジュームでは、勇者が死ねばまた新しい勇者が出てくるわけでしょう? 魔王も大変ですよ。ゴールがない」


 さっきからシビアなことを言うシリウス。まるで魔王の気持ちを理解しているかのようだ。


 そういえばスネークさんが勇者の仲間だったときと、今の勇者は違うみたいだしな。


「このダジュームの魔王はどっちなんだろう? バカなのか、それとも現実的なのか?」


 勇者の情報は雑誌なんかでも俺たちにも回ってくるが、いかんせん魔王のことはなかなか分からない。


 それは勇者たちも同じことなのだろう。さすがに魔王専属の記者なんているわけがないし。


「このパレードを襲ってこなかったところを見ると、バカなんじゃないですかね?」


 結構辛辣しんらつなことを言うシリウスである。


「魔王が現実主義のケンタくんじゃなくてよかったわね」


 カリンはどちらの味方か分からない。


「確かに俺が魔王なら、このチャンスは逃さなかったんだけどな……」


「ケンタさん、怖いですよ……」


 この世界はまだまだ分からないことばかりである。


 俺たちアイソトープにとってはまだ現実感がないのも事実で、どこか身をもってゲームをやっているようなふわふわした他人事のような気持ちがあるのも当然だった。


「そういや勇者パーティーはスネークさんに会いに行ってるのかな?」


 それが本来の目的のはずで、パレードはあくまで余興のようなものだ。


「でしょうね。でも、僕は勇者の存在がこの目で見れてよかったです」


 教会に向かいながら、シリウスがぽつりとこのアレアレアに来た目的を達成したようにしみじみとつぶやく。


「そうね、大興奮だったもんね。でも歩いてるのを見るだけじゃ物足りなかったんじゃない?」


「そりゃあ勇者が戦っているところを見られれば、どれくらい強くなればいいかの目標にもなったんですけどね」


「結構まったりしたパレードだったしね。勇者も普段はあんな感じなんだね。ファンの子たちに手を振ってさ。まるでアイドル!」


「やっぱり僕たちの思い描くゲームの世界とは違うんですかね。常識は通じないというか」


 カリンとシリウスが 異世界ギャップについて話し込んでいる。


 もちろん俺たちの元いた世界の常識がここダジュームでは全く通じないのは俺もすでに百も承知している。


 あの最初の訓練で洞窟に連れていかれたときに、身をもって感じたのだ。毒サソリがまさかあんなに巨大だなんて、普通思いもしないことだ。


 この異世界ギャップは、アイソトープにとってはずっと付きまとうのだろう。


「おい、あれじゃないか?」


 二人に先行して歩いていた俺は、立ち止まってその屋根の高い建物を示す。


「アレアレア・カテドラル。ラの国でもっとも歴史のある教会……」


 俺たちが見上げる先には、まさにファンタジーを絵にしたような立派な教会が佇んでいるのであった。


 シリウスはその教会に向かって、胸の前で十字を切る。


 それを見た俺とカリンは、反射的に頭を下げてお辞儀をした。


 シリウスはイタリア人、俺とカリンは日本人。異世界に限らず、こういった人種の違いでもギャップは生まれてしまうのだ。


 俺たちはその厳かな教会に足を踏み入れた。

 

 

 午後0時20分。アレアレア・カテドラル。


 勇者のパレード後ということもあり、旅行者の姿が目立つ教会内。


 ステンドグラスに彩られた祭壇の前で、俺たちは祈りを捧げた。


 祭壇に祭られているのは一人の男性の像だった。


「あれ、救世主ウハネの像だって」


 カリンがガイドブックを片手に、その像のことを教えてくれた。


「ウハネって言ったら……?」


「アイソトープの?」


 ――救世主ウハネ。


 その名はこのダジュームに転生してきたときに強制的に読まされた資料の本の中にも書かれていたので、聞いたことはある。


 転生してきたアイソトープながら、強力な戦闘スキルに覚醒してこのダジュームを救ったという伝説的な存在だ。


 やがて神と崇められ信仰の対象になり、ダジュームの歴史にも残る存在だとは聞いていたが、こうやって教会でも祭られているとは!


「たった一人で当時の魔王を倒したという、伝説の救世主ウハネですよ……」


 シリウスの声は感極まって、少し震えていた。


 戦闘スキルを身につけようと日々訓練をしているシリウスにとっては、アイソトープであるウハネは勇者以上の存在なのかもしれない。


「あ、お土産が売ってる!」


 一方でウハネにはあまり興味がなさそうなカリンは、教会の外に出ていた屋台を見つけ駆け寄っていた。


 どちらかというと俺もウハネよりもお土産、ということで祈りを捧げているシリウスを放置して、カリンを追った。


「いらっしゃい」


 屋台のお姉さんが声をかけてくる。


「わあ、キーホルダーがあるよ! アレアレアのペナントも!」


 カリンが楽しそうに屋台の土産を覗き込む。


 異世界でもこういういかにもなお土産ってあるんだな? ペナントなんて、俺たちの世界だけのもんかと思ったぜ。


 はしゃぐ俺たちを見て、赤い髪のお姉さんは俺たちをじろじろと見つめてくる。


「勇者のパレードを見に来たんなら、記念に買っていってよ」


 お姉さんは「勇者がアレアレアにやってきた!」と書かれたペナントを広げてみせた。


 町のランドマークである、この教会が大きく書かれているが、センスはお世辞にもいいと言えなかった。


「ねえ、これ買って帰ろうよ! リビングに飾ったらいいんじゃない?」


「……いいんじゃない?」


 まったくいいとは思わなかったが、カリンに同意する。


 そんなセンスの悪いペナント飾ったら、シャルムになんて言われるか。


「私も勇者見たかったなぁ。ずっとここで店番してたから見れなかったのよね。こんな辺境の国に来ることなんて、ほんと珍しいんだから」


 お姉さんが屋台に肘をつきながら、愚痴ぐちる。


「女の子たちはみんなキャーキャー言ってましたよ。勇者クロスって、イケメンですからね!」


 カリンは土産を選びながら、あまり勇者には興味がなさそうに言う。


「私、戦士スカーのファンなの。武骨で一直線な戦闘スタイルなのに、普段は優しいところのギャップがたまんないのよね」


 ぽわんと戦士スカーの顔を思い浮かべるように、お姉さんは空を見上げた。


「ギャップですか? 今日はすごい不機嫌でしたよ?」


 パレード中の戦士スカーは笑顔のひとつも見せていなかった。


「あら、そうなの? 珍しい。でも、こんなとこに何をしに来たんだろうね。噂では伝説の武器を探してるって言ってたけど、こんな町にありゃしないよ」


 そういえば、勇者がスネークに会いに来たという本来の目的は公にはされていないのだ。


 もちろん町の住民であるお姉さんは知るはずもないだろう。


「あんたら、アイソトープでしょ?」


 俺たちを見て、お姉さんがニコニコしながら聞いてきた。


「そうですけど、なんで分かったんですか?」


「いや、なんとなく。あんまりウハネ像に興味がなさそうだったからね」


 どうやらお祈りは形だけで済ましているところが見られていたみたいだ。なんだか罰当たりみたいだな、俺たち。


「いや、まだこっちに来たばっかりで。やっぱりダジュームにとってはウハネってすごい存在なんですか?」


 俺は頭を掻きながら、お姉さんに尋ねる。


 正直なところ、俺も資料で読んだだけでよく知らないかったのだ。


 シリウスのように戦闘スキルに熱心ではないし、むしろウハネのことは遠ざけていたくらいなのだ。


「まあすごいっていうか、信仰対象になるくらいだからね。歴史上の有名な人物であることは確かね」


 お姉さんもいざ問われると、言葉を濁す。


 どうやらこのお姉さんも、あんまり信仰心は高くないようだ。


「私たちの世界でいう、聖徳太子みたいなものじゃない?」


 カリンがたとえるが、俺はいまいちピンとこない。


 俺は織田信長をイメージしていたからだ。海外だったらナポレオンかな?


「でも、ウハネがいたから、アイソトープも今はこうやって自由に生きていられるのよ」


「そうなんですか?」


 俺はお姉さんの言葉に、何か深い意味を読み取った。


「そうよ。ウハネが転生してくるまでは、アイソトープなんてただの厄介者扱いだったから。モンスターを呼び寄せるし、スキルもない。もちろんジョブなんてあるわけもない。生きていくだけで苦難の時代よ。奴隷みたいな扱いだったみたい」


 ふっと、お姉さんの表情から明るいものが消えた。


 俺たちはどう答えていいか分からず、カリンも商品を探す手が止まる。


「何百年前の話だけどね。本当は私たちこそ、ウハネに感謝すべきなのよね」


「私たち……?」


 カリンがそう言いながら、ふっと顔を上げた。


 このお姉さん、今、「私たち」って……?


「私もあなたたちと一緒、アイソトープよ」


 くすっと笑いながら、右手を上げたお姉さんの腕には俺たちと同じ黒い腕輪が!


「そうだったんですかー! 先輩!」


 カリンが両手を広げて、屋台越しに抱きつこうとしている。


「こらこら、はしゃがないの。私はミネルバ。一年前に転生してきて、あなたたちと同じ異世界ハローワークを卒業して、今はこうやっ

てお土産売りとして働いてるのよ。よろしくね、後輩!」


 ミネルバと名乗るアイソトープであり俺たちの先輩は、右手を差し出して握手を求めてきた。


 もちろん俺もカリンも、がっちりと握手をする。


「じゃあシャルムのことも?」


「もちろん」


 このミネルバ、見たところ俺たちよりは年上のようだ。


「俺はケンタ。で、こっちはカリンです」


 俺は簡単に名乗るが、どこかで興奮が抑えきれないでいた。


 このダジュームに転生してきて、初めて独立したアイソトープに会ったのだ。


しかも俺たちと同じ異世界ハローワークを通じて、ジョブに就いているアイソトープに!


 いろいろ聞きたいことがあるが、彼女も仕事中なわけで時間を取らせるわけにもいかないし、と逡巡しゅんじゅんしていると……。


「ミネルバさん! このお仕事はオファーですか? それとも求人票から? 訓練はどんなことをして、どんなスキルを習得されたんですか? 魔法は使えるようになりましたか? あとあと、私は料理訓練をしてるんですけど、ホイップちゃんかわいいですよね!」


 俺が遠慮をしているのも構わず、カリンが隣からマシンガンのように質問を投げまくってきた。


 せめて質問を整理してからにしろよ! ホイップかわいいとか関係ないだろ!


 これにはミネルバもちょっと腰が引けたようで……。


「もしよかったら、もうすぐ昼休憩に入るから、そのときにでも……」


 と、ミネルバが言いかけた、そのときであった。

 

 ――ボゥン!!!!!

 

 どこか遠くから、大きな音が聞こえた。


「なんだ? なんの音だ?」


 俺たち三人はその音がした方を振り向く。どうやら、俺たちが入ってきた南門のほうだった。


 教会前に集まる人々も、一斉にそっちの方向を向く。


「何か爆発した?」


 さっきまでの勇者パレードの平和さが一瞬で崩れ落ちるような、そんな音だった。


 まさか?


 封印したはずのイヤな予感が蘇る。


「あっち!」


 カリンがいち早くその現場を見つけ、指を差した方向に一筋の煙が立ち上っていた。


 それは奇妙な、紫色の煙だった。


 その後方には、南東の見張り塔がそびえたっている。


「あのへんは……?」


 その場所に、俺は心当たりがあった。


そして、ありとあらゆる悪い予感が俺の頭の中を駆け巡る。


勇者――。


モンスター――。


スネークさん――。


「どうしましたか!」


 教会内で祈りを捧げていたシリウスが、必死の形相でやってきた。


「わからんが、あっちで何かが爆発したんだ! 確かあのへんに、スネークさんの家があるはずなんだ!」


「大変!」


 カリンも大声を出す。


 今ここにいる全員が、可能性をひとつに絞りつつあった。

 

 魔法使いスネークの家を訪ねた勇者が、モンスターに襲撃に遭ったのでは、と。

 

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