歩くとギシギシと鳴る橋を渡る。
これも演出の一つで、橋が実際に老朽化しているわけではないのは分かっていたが、俺は自然と足がすくんでしまう。
橋の下のお堀には、まるで血のような真っ赤な液体が流れている。
すべて演出でアトラクションと分かっていても、目の前にそびえたつ魔王城の雰囲気は圧巻であった。
「マジでモンスターが出てきそうだな……」
「ケンタさん、ビビってるんですか? だらしないですねー!」
手に汗握っている俺の隣に、ホイップが飛んできて茶化してくる。いちいち俺の感情を読み取らなくてもいいって!
『ついにたどり着いた魔王城! みなさんは勇者クロスとなって、この城の天守で待ち受ける魔王を倒すことが目的ですが、この最後の冒険はそう簡単なものではございません!』
門の前に立つと、どこからかテンション高めのお姉さんの声が流れてきた。
どうやらこのアトラクションのガイド音声のようなものらしい。壁に備え付けられた小さなスピーカーから流れている。
このガイドのおかげで、ちょっとだけ現実に戻れてほっとした。こういうのでいいんだよ! こういうので!
『では今回のパーティーでの勇者役を決めてください! そしてその勇者役は、この伝説の剣をお持ちください!』
すると壁の一部がパカッと開いて、小ぶりな剣が出てきた。
もちろん本物ではなく、プラスチックのようなレプリカの剣である。
「勇者役ですって」
「ケンタくんがやってよ」
「俺? まあいいけど」
気軽な気持ちでその剣を取ると、またしても音声が流れる。
『みなさんは待ち受ける魔王の刺客やトラップを避け、見事に魔王が待つ王座までたどり着くことができるでしょうか? 魔王にハントされたら、その先に待つのは、死あるのま! でははりきってどうぞー!』
ガラガラと魔王城の門が開かれた。
はりきってどうぞ、じゃないよ! マジで死ぬようなトラップはやめてよね!
しかしこんなアトラクションでビビっているわけにもいかない。
こういう時は男子たるもの、女子の前では率先して引っ張ってやらねばならない。
「よし、カリン。何も怖がることは……」
と振り向くとすでにカリンの姿はなく、すたすたと俺を置いて門をくぐっていった。
「ケンタくん、ビビってないで、早く入るよ!」
「あ、ちょっと待って!」
カリンまで俺をビビりキャラにしないでくれよ!
俺はさっき手にした剣をベルトに挟んで、カリンとホイップの後ろを追いかけた。
いよいよ城の中に入ると、内部は想像で作られたという割には、しっかりその恐ろしさを表現していた。
「なんだよこの壁……。血じゃないよな? 床もぬるぬるしてるし」
魔王城の内装は赤を基調にした、まるでセンスのいいものではなかった。だが少しひんやりする気温や、薄暗い照明、妙に生臭いにおいもして、雰囲気は俺たちがイメージするラストダンジョンという空気が出来上がっているのだ。
魔王城というのはどこの世界でも万国共通のイメージのようだ。
「作り物だとわかってても、不気味ね」
カリンも体を抱くように、肩をすくめる。
広いエントランスから、いくつかの部屋が見える。すべて部屋の扉は開けっ放しで、まるで俺たちが入るのを誘っているようだった。
「頂上を目指すんだよね? あっちの部屋に階段があるよ!」
ひとつの部屋の奥に二階へ続くであろう階段を見つけたカリンは、たたっと駆け出した。
「ちょっと待て、カリン! こういうのって大体罠なんだから!」
慎重な俺は、何事も疑ってかかる癖がついている。
RPGでもこういうのって、階段の直前に落とし穴とかがあってすっごい遠回りさせられるのが常なのだ。超定番のトラップな。
俺はカリンを止めようと、そのあとを追う。
階段がある部屋に入ると、床がぴちゃぴちゃと気持ち悪い音を立てる。
「あ、カリンちゃん、ケンタさん! 待ってくだ……」
――ドスン!
背後でホイップの声が途中で途切れるのが先か、ドスン、という音が鳴り響いたのが先か。
「……え?」
俺とカリンはゆっくり背後を振り返る。
すると俺たちが入った部屋の扉の前に、壁が下りていた。
「と、閉じ込められた?」
階段しかないこの部屋から出られなくなってしまったのだ。
言わんこっちゃない! なんてわかりやすいトラップにはまってしまったんだ!
「ホ、ホイップちゃんは?」
俺とカリンが部屋に入った時、ホイップはまだ外にいた。
「ホイップ! 聞こえるか!」
俺はふさがれた壁の向こうに向かって叫ぶ。
そして壁を叩いてみると、ぬめぬめとして非常に気持ち悪い。こんなリアリティいらないよ!
「ケンタさん! 壁が落ちてきて、そっちに行けなくなりましたよ!」
壁を見ると、小さなホイップでも通り抜けられるようなすきますらなく、ぴったりと扉を塞いでしまっていた。
俺たちはもう部屋から出られなくなり、分断されてしまったのだ。
「ホイップちゃん大丈夫? どうしよう?」
階段の一歩手前まで言っていたカリンも扉の前まで戻ってくる。
『さあ、さっそくピンチです! 魔王のトラップによってパーティーを分断された勇者一行! このまま二手に分かれて頂上を目指すことになりました! さあ、いったいどうなる?』
「一体どうなる、じゃねーよ!」
またもガイド音声が流れる。声が能天気なんだよ!
どうやらこのトラップはアトラクション内の仕掛けらしかった。
ゲームでもこういうパーティー分断イベントあるけどさ!
「こういうイベントらしいからさ、俺たちは二階へ行くからな? ホイップもなんとかして上に上る道を探してくれ!」
イベントならば仕方がないと、ホイップとは別行動になることを受け入れる。
「ホイップちゃんごめんね! 気を付けてね!」
カリンもこんな事態になってしまったことが自分のうかつな行動だったことに気づいて、眉根を下げてホイップのことを心配している。
「カリンちゃんこそ気を付けてくださいね! モンスターよりもケンタさんに!」
「どういう意味だよ!」
一言多いホイップである。
あいつは一人でも大丈夫だなと思った矢先であった。
「キャー!」
壁の向こうのホイップが大声をあげた。
いつも俺を茶化すような冗談めいた声ではなく、初めて聞くような必死さが混じっていたものだから、俺もマジになって壁を叩く。
「どうした、ホイップ!」
「ホイップちゃん!」
カリンも顔面蒼白で、ホイップの声に反応する。
「モンスターが! キャー……」
壁の向こうのホイップの叫び声がだんだん小さくなる。
「モンスターだって? おい、大丈夫か!」
ぬめる壁に耳を当てるが、ホイップの声はそれ以降、聞こえることはなかった。
「これ、アトラクションだよね? ホイップちゃん、大丈夫だよね?」
あまりのリアルさに、カリンも心配そうだ。
さっきのホイップの叫びは、演技には聞こえなかったのは、俺も同意である。
でもお化け屋敷だって、お化けのふりをした人間だとわかっていても声をあげてしまうしな。
そういうのが一番怖かったりするんだよ。
「そりゃそうだろ? さっきのガイドも言ってたし、このテーマパークにモンスターなんて現れるわけ……」
と、そこまで言ってふと先日のアレアレアの件を思い出した。
あのときも結界が張られた町の中にモンスターがいるわけないと思い込んでいたのだ。
「……いるわけ、ないよね?」
カリンの目には明らかに不安が溢れていた。
俺と同じことを考えていたのだろう。
「い、いるわけないだろ! きっとあとでホイップを助けるイベントなんかがあるんだって!」
わざわざ分断したということは、そういうイベントを仕組んでくる可能性は大いにある。
まったく、手の込んだアトラクションだぜ!
マジで勇者パーティーをハントしてきやがって!
俺は無理やり、楽しむ方向で感情をシフトさせた。
「よし、こうなったら先に進むぞ!」
俺はカリンに手を差し出す。
するとカリンはふっと、顔を上げる。
「ケンタくん……?」
こういうときって、男子が引っ張っていかなきゃダメでしょ?
不安な女子を安心させるのは、男子の役目でしょ?
「あ、勘違いするんじゃないぞ! さっきみたいに、また分断されちゃ困るだろ? 手をつないでたら、迷子にならないしさ! これ以上パーティーが減ったら、魔王に勝てないだろ?」
俺は早口で言い訳じみたことを口走った。
カリンはフフッと口元で笑って、俺の手をつかむ。
「じゃ、行きましょ! 勇者ケンタ!」
ぎゅっと握ってくるカリンの手は、暖かかった。
「よ、よし! 二階へ行くぞ!」
手をつなぐと一気に恥ずかしくなってカリンの顔が見れなくなり、自分の体温が上がっていくのを感じながら、階段へ向かうのだった。
邪魔者……、もといホイップがいなくなって再び俺たちは二人きりになった。
今回はラブコメはないって言ってたよね?
これはこのアトラクションをクリアするための、最善策なだけなんだからね!
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