「で、私は急いでアレアレアにやってきた。その戦士スカーが魔王軍が送り込んだ偽者だとしたら、狙われるのはスネークに決まっている。このクソモノマネモンスターだけでは勇者に太刀打ちできるわけないし、結界のせいでモンスターは町へは入れない。だったらまずは内部に侵入して、結界を解除する。そのためにスネークを殺すことは簡単よ。だってスネークが魔法を使えないのは、魔王軍なら知っているはずだから」
スネークに呪いをかけたのも、魔王軍のモンスターなのだから当然のことだ。
「魔王軍としてはスネークを殺すチャンスは今回しかなかったのよ。勇者パーティーとしてならば、アレアレアの町に入れるわけだから。VIPは北門から顔パスなんでしょ? その警戒態勢の緩さもどうなのかしらね?」
ボジャットは歯ぎしりをする。
「パレードでスカーの姿を確認して、私は確信したわ。あれが偽物だってね。明らかに挙動不審だったじゃないの? 表情もないし、何しろ戦士としてのオーラもない。護衛の段取りに必死で気づかなかったの?」
もうボジャットは返す言葉がないようだった。
確かにパレードでのスカーは、『月刊勇者』で笑顔を見せていたスカーとはまるで別人だった。それはカリンとも話していたことなので、俺もよく覚えている。
「だけど、私でも勇者に近づくことはできなかった。パレード終了後に勇者が泊まる宿に侵入して戦士スカーに化けた偽者を暗殺しようしたんだけど、ここの警備は万全だったわね」
褒めているのか褒めていないのか分からないことをシャルムは言う。
暗殺って、言い方がもう恐ろしい。
この人、【侵入】や【暗殺】スキルまでお持ちなんですか?
「そのまま宿に侵入できずに私は勇者たちが出てくるのを待ったの。予定通りスネークの家に行くと思っていたから」
ここでシャルムが初めて悔しそうな表情をした。
「これが私のミスだった。勇者はスネークとの面会をドタキャンした。その間に戦士スカーだけが宿を抜け出して、スネークの家に行ったの。おそらく、護衛団にでも化けたんでしょうね。そのとき私の姿を見られたのかもしれない。だからあの紫色の魔法でスネークを殺害した……。私も有名になったものね」
あの紫色の魔法、パープル・ヴァイパーを使ったのは、咄嗟にシャルムに罪をかぶせるためだったというのか。
魔王軍のモンスターも機転が利くものだ。
しかし、シャルムって魔王軍のモンスターにも知られているのか?
「その後は、皆が知る通りよ。戦士スカーに化けたモンスターが、スネークを殺した。もちろん動機は、結界を解除してモンスターを送り込み、勇者を襲うため。魔王軍は当然、戦士スカーが石化して動けないことは知っているはずだからね。そこまでは魔王軍の作戦は大成功よ。勇者も護衛団も疑いもしない」
シャルムはすべての対策や結果が間違いであるかのように断言した。
「だが結界は消えなかった……」
「そう。それでもう一度、戦士スカーに化けて、この見張り塔にやってきた。頂上で直接結界を解除しようとしたんでしょうね。ちなみに、私が張った結界はそんなに簡単に解除できないようになっていますので、アレアレア護衛団のみなさまはご安心ください」
両手を広げて嫌味ったらしく謙遜するシャルムである。
もうボジャットは何も言えなくなっていた。
「それでシャルムさんもこの塔に?」
「そ。スネークの家で爆発が起きた瞬間に、私はミスを確信したの。同時にモンスターの目的が結界ならば、スネークを殺しても意味がなかったことをすぐ悟るでしょう。向かう先は一番近い南東の見張り塔だとすぐに推測がつく。私はモンスターよりも先回りして、ここの頂上に先回りしてたってワケ」
シリウスの疑問に、シャルムが答える。
あの塔の前には厳格な見張りがいたと思うが、【侵入】スキルを持つシャルムなら簡単に入れたことだろう。
「以上、もう質問もないわよね? 私は帰るけど?」
これが、シャルムが語るスネーク殺害の真相だった。
「勇者からの面会キャンセルが出た時点で、我々はスネークさんの家の警備を解除してしまった……。もしそのまま護衛団がスネークさんの家を守っていたら……」
「こうはならなかったかもしれないし、護衛団にも被害が出ていたかもしれないわ」
ボジャットの後悔に、シャルムがさらっと言い返した。
「それこそ、結果論じゃない? 今となれば」
残酷にも思えるシャルムに、俺たちは黙って突っ立っていることしかできなかった。
最初から俺たちのようなアイソトープでは太刀打ちできるような事件ではなかった。
勇者や魔王軍がからむ、下手すりゃアレアレアの町が火の海になるようなとんでもない事件だったんだ。
「すまない、シャルム。アレアレアの町を救ってくれて、感謝する」
最初は疑っていたボジャットが、恭しく頭を下げた。
「アレアレアの町は救えたけど、スネークは救えなかったわ。私も後悔してるのよ」
す、とシャルムが顔を逸らした。
スネークはシャルムの師匠だった。
魔法を教わり、そして今は師匠の代わりにこのアレアレアの町に結界を張っている。
シャルムはスネークに捨てられて恨んでいると、ボジャットが言っていたが、それはまったくの見当違いだった。
この悲しそうなシャルムの表情を見ると、それは確実なわけで……。
「じゃ、私たちは帰るから、南門の規制を解除しといてくれる? 勇者については、そっちで適当に処理しておいて。私から一言アドバイスを言うとすれば、『修行が足りないわよ、若造』ってとこね」
完全に勇者までも手玉に取るシャルムに、俺は鳥肌が立った。
ボジャットさん、頼みますからそんなこと伝えなくていいですからね?
「あ、これ。ケツの青い勇者に渡しておいて。さっきのアドバイスと一緒にね」
と、シャルムは小さな包みをボジャットに投げつけた。
ボジャットは両手で大事そうに受け取ると、中をあらためる。
「これは、金の針?」
「多めに作っておいたのよ。あのジジイ、最近物忘れもひどくなってるからね。念のために持ってきておいてよかったわ」
それが捨てゼリフとなり、シャルムは塔の出口に向かって歩き出した。
「ほら、帰るわよ!」
呆然としている俺たち三人に、シャルムが声をかけてくる。
俺たちは顔を見合わせ、塔を出ようとするシャルムを追いかける。
さっきまで出口を守っていた護衛団が、さささっと道を開けてくれた。
「私一人ならワープで帰れるんだけど、仕方ないわね。門の外にスマイルを呼んであるから、馬車で帰るわよ」
塔を出ると、もう外は真っ暗だった。
未だ人気もなく、闇に包まれたアレアレアの町をシャルムを先頭に歩き出す。
俺は上空を見上げる。
空には丸い満月が、はっきりと大きく浮かんでいた。
シャルムがいなければ、この空からモンスターが一斉に襲い掛かっていたかもしれないのだ。
考えるだけでも身震いをしてしまう。
しかし、シャルムの危機管理能力と機転が利きまくったおかげで、アレアレアの町の安全は守られたが、スネークさんの死という犠牲を払ってしまった。
大魔法使いスネークの死が、今後このアレアレアにどのような影響をもたらすかは、予想できない。
「シャルムさん……。スネークさんのこと、残念でした」
カリンが黙っていられないというよりは、シャルムの心中を察したのか小さな声で話しかけた。
「終わったことよ。ほっといても、すぐに自然死してたはずよ」
思ってもいないことを言うシャルム。
実際にカリンとシリウスは一度もスネークに会うことはなかった。
俺だけが、スネークと会って話をしたのだ。
瞼を閉じれば、あの優しいおじいちゃんの顔が浮かんで、涙でその映像が歪んでしまいそうになる。
そしてあのとき渡されたこの白い腕輪が、まさかの忘れ形見になってしまうとは。
「私とスネークのコト、ボジャットから聞いた?」
少し歩みを緩めて、振り返りもせずにシャルムが聞いてくる。
「……はい。ちょっとだけ」
俺たちは顔を見合わせて、控えめに答えた。
「私はあのジジイに拾われて、魔法の訓練をさせられたのよ。そりゃもうスパルタでね、毎日逃げ出したかったわよ」
まさかそのときの影響が今のハローワークの訓練に生かされてます?
「でも逃げ出しても、私に帰るところなんてなかったのよ」
シャルムは親に捨てられ、スネークに拾われたのだ。
スネークの家にいるしか選択肢はなかった。シャルムは当時4歳だったのだから。
「シャルムさん……」
カリンが沈痛な声をこぼす。
「まったく一緒とは言わないけど、あなたたちアイソトープと似たようなものよ」
シャルムが言うように、俺たちはもう帰る場所なんてないのだ。
元の世界に帰ることよりも、このダジュームで生きるために、こうやって訓練をしている。
「私、自分の名前はシャルムとしか覚えてなくてね。名字がなかったのよ。で、スネークがつけてくれたのよ、ヴァイパーって」
「そうだったんですか……」
シリウスが頷く。
こんなに自分のことを語るシャルムなんて初めて見た。
「シャルム・ヴァイパー。……ヴァイパーってどういう意味か知ってる? 「毒蛇」って意味よ。これを知ったとき、スネークを殴ってやろうと思ったわ」
懐かしむように、シャルムの肩が揺れる。
師匠がスネークで、弟子にはその蛇の意味を取ってヴァイパー。
俺には弟子に対するスネークさんの愛が見えた。
そしてシャルムも決してスネークさんのことを恨んでなんかはいないことを、俺は確信した。
「あのクソジジイ。訓練してるときは何度も殺してやろうと思ったけど、叶わなかったわね。でも、モンスターと戦って大魔法使いとして死ねたんだから、大往生よ」
そう嘯き、シャルムは立ち止まり、空を見上げた。
「なんだか今日の月はぼやけてるわね。朧月夜ってやつかしら?」
俺たちもその満月を見上げる。
それは大きくはっきりと、綺麗な円を描いていた。俺の目には、くっきりとそう見えた。
「さ、帰りましょう。ホイップがご飯を作って待ってるわよ」
シャルムはこちらを振り返ることなく、そのまままっすぐ南門を目指して歩き出した。
スネークが死に、代わりにシャルムがこの町を守り続けることになったのだ。
黄金の蛇から紫の蛇へ。
アレアレアの安全はしばらく続きそうだ。
(第三章・完)
シャルムの過去を知った俺たちは、訓練にも一層身が入る。
そして勇者たちは今回の一件で責任を感じたらしく、しばらくアレアレアに滞在することになったらしい。
そうなると一人テンションが上がるのが、シリウス。
なんとか勇者のパーティーに入りたいシリウスは、暴走を始める?
次回、第四章「シリウスの憂鬱」始まる。
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