「お待たせ!」
何が何だかわからない俺の前に、カリンが大きなキャリーバッグを転がしながら戻ってきた。
「お待たせじゃないよ!」
「早かったでしょ? この仕事をやってるとね、荷造りも慣れたものよ」
「いや、そうじゃなくって!」
麦わら帽子までかぶって、完全にお出かけモードのカリンである。
「なんでカリンまで一緒に行くんだよ?」
「なんでって、ケンタくん一人じゃ危ないでしょ。第一、お尋ね者なのよ? 馬車にも乗れないし、一人じゃすぐに捕まって強制送還よ」
「だからってカリンが一緒なら大丈夫ってわけじゃないだろ」
「私を舐めてもらっちゃ困るわね! シラサギガイドの社長なのよ? これまでガイドとして各地各所とのパイプやコネは作り上げているの。合法非合法含めて、このダジュームを旅行するにはこんなにも心強いガイドは他にいないわ!」
えっへんと胸を張るカリン。
俺はなんていえばいいのだろうか
「危険なのはカリンのほうだよ。俺はい勇者にもモンスターにも狙われてるんだぜ? いつどこで戦闘になるか……」
「じゃあ聞くけど、ケンタくんは戦闘スキルを身につけたの?」
カリンはびしっと俺の鼻先を指さしてくる。
「え? いや……その。そ、空は飛べるようになったんだぜ?」
「空で飛行モンスターに会ったらどうするの? 落とされて死んじゃうわよ?」
「そ、そんなのカリンだって一緒だろ! モンスターと戦えるような戦闘スキルなんて……」
と言いつつも、俺は思い出してしまう。
ハローワークで訓練していた俺たちの中で、カリンだけが魔法の素質があったことを。なんなくファイヤーボールの魔法を習得して、かまどに火をつけていたのだった。
「あの時の私のままだとは思わないでよね! ケンタくんがいろいろ経験してきたように、私だってレベルアップしてるのよ?」
そう言うと、カリンは俺の顔の前でぱちんと指を鳴らした。
その瞬間――。
「ぎゃぁぁぁ!」
カリンの指先からいくつもの小さな火の玉が出現した。その小粒の火の玉はパチンコ玉くらいの大きさで、みるみるうちにカリンの手のひらの上で増殖していく。
俺は熱さで鼻が焼けそうになって、思わず後ろにぶっ倒れてしまう。
「ガイドをしてるとね、モンスターと出会うことなんて日常茶飯事なの。大切なお客様を守らなきゃいけないから、戦闘スキルは必須なのよ。だから、一人でたくさんのモンスターに囲まれても対応できるように、火の魔法を改良してみたのよ?」
まるでお手玉でもするように、火の弾を両手の周りで操るカリン。
ひとつひとつの火の玉は小さいが、威力を凝縮しているようで部屋の中の温度が一気に上がるのがわかる。
「この小さな火の玉を散弾銃的に発射すれば、囲まれても大丈夫でしょ? モンスターをひるませて逃げることくらいは簡単なんだから。名付けて【スプリット・ファイヤー】よ」
「わ、わかったから! 家が燃えるぞ!」
転生して間もないころ、シャルムに何度も言われたことだった。
このダジュームでは魔法を使えることが当たり前。どこでモンスターに出会うかわからないのだ。いくらスローライフを送りたいと思っても、最低限の戦闘スキルは必要になってくると。
それは自らの身を守るためであり、ダジュームの常識――。
「ね? 私が一緒のほうが、ケンタくんも安全だってわかったかしら?」
首をかしげてにこりと微笑むカリンに、俺はもう何も言えねえ状態。
俺なんかよりよっぽどカリンのほうが、このダジュームに適応していたのだ。魔法の才能も、俺なんかより抜きんでている。
「ほ、本気でついてくるのか?」
「マジと書いて本気よ! あ、本気と書いてマジ!」
どっちでもええわい。
こうなると俺も断る理由がなくなってしまった。
そもそもカリンと一緒に出掛けるのは、あのラの国の首都に出張に行ったとき以来だった。あれはシャルムの身代わりにハローワークの会議に出席したんだっけ。
「でも、仕事は大丈夫なのか? ミネルバさんはどうすんだよ?」
「そうそう。ちょっとミネルバさんに連絡しとかなきゃね」
気づいたように、カリンは今度は自分の耳の横でぱちんと指を鳴らした。どうやらこれがカリンの魔法を使うときの合図らしかった。
「ミネルバさん! 私、カリンだけど今大丈夫?」
独り言のようにカリンが大きな声を出す。
これは【通信】の魔法だと、俺はなんとなく察しがついた。ジェイドも同じようなことをしていたことを思い出す。
カリンはこんな魔法まで習得しているとは……。
『はいはい、こちらミネルバ。現在首都のミュージアムで自由行動中なので問題なし。どうぞ?』
耳の横で親指と人差し指で輪っかを作っているカリンだったが、その輪の中からミネルバさんの声が聞こえてきた。まるでスピーカーである。
「突然ごめんね。あのね、私ちょっと出かけることになったの!」
『でかけるの? どこへ?』
「ちょっとダジューム中を旅することになってさ」
『はぁ? ちょっと待って。仕事はどうすんのよ?』
カリンの突然の申し出に、ミネルバさんの声が慌てたものになる。さもありなんである。
「実はさ、ケンタくんが帰ってきて」
『ケンタ? ケンタってどのケンタ?』
「裸で転生してきて、現在お尋ね者になっていてボジャットさんにボコられた、あのケンタくんよ」
『ああ、そのケンタね。って、なんでまた?』
ちょっとカリンさん。俺の説明が的を射すぎててつらいんですけど?
「また帰ってきたら説明するわ。今はオフシーズンだし、ミネルバさんだけでなんとかなるよね?」
丸投げである。
これがシラサギガイドの社長の言葉とは思えない。
『ちょっと待ちな? しばらく出張に出るようなツアーは入ってないけど、どれくらいで戻ってくるの?』
「ええっと……。大体一年?」
『い、一年? カリン、なに言ってんの?』
カリンさん。一年間、ずっとついてくる気なんですか? それは俺も初耳なんですけど?
「ありがとう、ミネルバさん! 恩に着るわ!」
『こらこら、誰も了承してないから! 今はオフシーズンだから大丈夫かもしれないけど、一年間はダメよ! 私一人で回せるわけないでしょ! 第一ここの社長はあなた……』
「シャルムさんに言って早くバイトでもなんでも紹介してもらえるように頼んどくから! ね、お願いミネルバさん!」
ペコリペコリと頭を下げまくるカリン。
どうやらマジのようだ。
『……そこまで言うには、ただごとじゃないのね? でもちゃんと毎日連絡して! どこにいるのか、何をしたのか!』
「ありがとう! ちゃんと連絡するね! ということでシラサギガイドはしばらく任せます! ミネルバ社長代理!」
ミネルバさんが折れてしまったようだ。
『ちょっと、ケンタ! そこにいるんでしょ? 聞こえる?』
「あ、はい!」
いきなり飛んできた言葉に、俺は背筋を伸ばして立ち上がる。
『事情があることは聞いてるわ。いつかはボジャットが迷惑かけたみたいだけど、あれはごめん』
「いえ、あれは俺も悪かったというか……。ボジャットさんは大丈夫でしたか?」
ミネルバから謝られたが、俺は一旦捕まりはしたが護送中に逃げ出してしまったのだ。ボジャットさんが責任を問われていたら申し訳ないと感じていた。
『あなたが心配することじゃないわ。大丈夫よ。それより』
ここでひとつ間を置くミネルバさん。
『これ以上詳しいことは聞かないけど、ちゃんとカリンを守ってあげるのよ! もしうちの社長に万が一のことがあったら、許さないからね!』
ミネルバが語気を強める。
守ってもらうのは俺のほう、とは言うわけにはいかない。もちろん、カリンを危険な目にあわせるわけにはいかない。
「それだけは誓います。無事に、帰ってきます」
『ならよかった。じゃあカリン、行ってらっしゃい!』
「うん! ありがとう、ミネルバさん!」
最期に大きく礼をするカリンに、俺も合わせて頭を下げた。
これで目的が増えてしまった。
俺は最後の決断に加えて、カリンをきちんとここまで送り届けること――。
「じゃ、善は急げよ! 行こう、ケンタくん!」
通信を切ったカリンが揚々と宣言する。
「でもまだ次にどこへ行くかは決めてな……」
「なに言ってんの! 次はホイップちゃんに会いに行くのよ! ほら、ダジューム横断ウルトラトラベルの始まりよ!」
何、そのサブいサブタイトル……?
とにもかくにも、俺とカリンが仲間になり、二人旅が始まったのだった。
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