ホイップを探しにダジュームへ行くことになった俺とペリクル。
二人とも魔王から【変化】の魔法をかけられることになったのだが、俺はなんとデーモン姿にされてしまった。魔王のミスである。通称、デモケン。
ペリクルもミスってデーモンにされたらどうするんだとひやひやしながら、魔王の部屋の前で待っていると。
「おまたせ」
魔王の部屋から出てきたペリクルの姿を見て、俺は開いた口がふさがらなくなった。
「ペ、ペリクルなのか……?」
俺は思わず絶句する。
部屋に入る前のペリクルは、もちろん妖精なので15センチくらいの身長で、背中の羽を羽ばたかせてふわふわと飛んでいた。
だが、今、部屋から出てきたその姿はペリクルをそのまま大きくなって、人間そのものだった。
「そうよ。人間の形に【変化】の魔法をかけてもらったわ」
服装は妖精のときとは違って魔法使いのようなローブをまとっているが、顔や声やストレートの黒髪はそのまんま、ペリクルを大きくしただけであった。
羽はない。今もきちんと二本の足で歩いている。
『これならば、ダジュームでも違和感なかろう』
再び、魔王の声が聞こえる。
「魔法が成功したのか……」
俺はペリクルの姿に、舌を巻いてしまう。
あの野郎、なんで俺だけ失敗するんだよ! こんなモンスターにしやがって!
『デーモンを従えた魔獣使いとして、ダジュームに向かうがよい。そして、ホイップを見つけ出すのだ!』
「ま、魔獣使い?」
魔獣とはすなわち、デーモンな俺のことである。なんと無常なことであろうか。俺は使われる立場である。
「さあ、行くわよ、デモケン。私は飛べなくなっちゃったから、乗せていってね」
と、ペリクルはまんざらでもなさそうに微笑む。
「マジかよ……」
見事に猛獣使いにジョブチェンジを果たしたペリクルと、デーモン化した俺。
二人でダジュームにホイップを探しに行くことになってしまった!
ランゲラク軍はその日の午後には裏の世界に帰ってきたらしい。
ランゲラクが直々に魔王への面会を申し入れてきたが、ベリシャスはそれを断った。もちろん、魔王城には俺がいるのだから、ランゲラクを登城させるわけにはいかない。
これで俺は、ようやくダジュームに行けることになった。
そして翌日。俺とペリクルはついに、ダジュームへ向かうことになった。
いきなりデーモンの姿にされて見た目のインパクトが大きかったのだが、実はそんなものかわいいものだった。実はベリシャスの【変化】の魔法の性能は、とんでもなかったのだ。
「ちょっと待って。俺、こんなに簡単に飛べたのか?」
魔王城の見張り塔から足を踏み出すと、俺はなんなく空を飛ぶことができていた。
人間のときもシャクティから光の翼を授かり、ジェイドからオーラを注入してもらってはいたが、そのオーラのコントロールは簡単ではなく自由に飛ぶことはできなかった。
しかしデーモン化した今、俺は息をするように空を飛べているのだ。
「当たり前よ。アイソトープとは、オーラの量が違うわ。今のあなたなら、あの勇者くらいなら一撃で倒せるわよ。モンスターだもの」
俺の背中には、俺とは逆に人間化したペリクルが乗っている。妖精のころの羽はなくなり、飛べなくなっていた。
俺の体は一回り大きくなったとはいえ、ペリクルは俺の首に手を巻き付けおんぶされているような格好になっている。まったく重く感じないのは、俺がデーモンだからだろうか?
「マジかよ。中ボスレベルじゃん、俺?」
「魔王様の魔法なんだから、当然でしょ。ずっとその姿でいなさいよ。私、弱い男は嫌いだし」
「絶対嫌だよ。一週間で魔法の効果が切れるって言ってたけど、本当かな?」
「じゃあ一週間でホイップを見つけるわよ! さあ、急いで!」
背中のペリクルが、俺の尻をぺちぺちと叩く。
誰かが見たら、まさに猛獣使いとデーモンなのだろう。俺、何やってんのかな……。
しかしこの魔王城がある裏の世界を飛んでいるのだが、はるか下に広がる世界はこの世のものとは思えなかった。
川には溶岩のような赤い何かが流れているし、山は木なんて生えずに突起が隆起してところどころから煙が噴き出しているし、モンスターが住んでいるような町からはなぜか悲鳴がずっと聞こえている。
今考えると、あのダジュームのテーマパークはよくできてたんだなぁ。世界観、バッチリじゃない?
「ていうか、この裏の世界からどうやってダジュームに行くんだよ? このまま飛んでても、世界自体が違うんだろ?」
俺はペリクルの言われるがままに飛び続けているが、どうやらダジュームと裏の世界は平衡世界になっているらしいのだ。
「そうよ。もう少し行けば、ダジュームに繋がるワームホールがあるから。そこに入れば、すぐにダジュームよ」
「そんなもんがあったのか。ダジュームの勇者には見つけられたらやばいな」
「ま、見つからないわよ。ていうかあなた、すっかりモンスター側の意見を言うようになったわね」
「違うよ! 俺は……、中立だからな!」
アイソトープの俺が中立というのはおかしな話だ。半分はモンスター側に肩入れしているということなのだから。今は姿は完全にモンスターなんだけど。
「あ、あれよ!」
ペリクルが指をさす先に、そのワームホールはあった。
空にドーナツのようなものがぷかぷかと浮かんでいる。よく見ると、その周りの空間がぼんやりと歪んでおり、中央の穴にその歪みが吸い込まれているようだった。
「あの中に入るのか?」
「そうよ。モンスターはみんな、あそこを通ってダジュームに行くの」
よく見ると、その穴からちらほらとモンスターが飛び出てくる。あれはダジュームから帰ってきたモンスターなのか。まるで税関のようなものである。
「ワームホールが開いているのは夜の間だけなの。さすがに堂々とダジュームと裏の世界を行き来するのはリスクがあるから、ダジュームの人間に見つからないためっていう理由が大きいのよね」
モンスター側も一応は気を使っているみたいだった。
しかし裏の世界の空はいつも真っ暗なので、俺はまだ昼夜の判断が自分の眠気と空腹具合でしか判断がつけられないでいた。
「じゃあダジュームも今は夜ってことか」
「そういうこと。向こう側のワームホールには門番がいて、一応モンスターの往来をチェックしてるの。万が一、人間が迷い込まないようにね」
「そんなダジューム側のワームホールに偶然でも迷い込まなくてよかったよ……」
ダジュームにもどこに危険が潜んでいるか分かったもんじゃないな!
「じゃあ、行くぞ!」
デーモンになって俺は気が強くなったのか、ビビることもなく宣言する。このままモンスター的な考え方が染みついてしまったらどうしようと思うが、今は仕方あるまい。
「さ、行きましょう!」
ワームホールというドーナツの真ん中に、俺は一気に飛び込んだ。
その先にある、ダジュームに向けて!
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