『魔王の罠によってパーティーを分断された勇者たち! さらに仲間がモンスターに襲われてしまい、安否が心配されるが今は先に進むしかない! 行け行け勇者、頑張れ勇者! 世界の平和と仲間を取り戻すために、今は泣いている暇はない!』
「うるせーよ! 言われなくてもわかってるよ!」
二階への階段を上っていると、またさっきのガイド音声が流れてくる。
「やっぱりさっきのやつも、イベントのひとつなんだよね?」
「そうだって。そうじゃなかったらこんな音声流れるはずないからな」
やはりこれは「魔王の勇者ハント」というアトラクションなのだ。
ホイップが心配ではあるが、ガイドのノリがこれならば大丈夫だろう。
「じゃあもう楽しんでいくしかないわね! 行くわよ、魔王を倒しに!」
カリンは割り切って楽しむことにしたらしく、ぐっとこぶしを振り上げる。
「そ、そうだな。ホイップを助けなきゃいけないしな」
この流れだときっとホイップ救出イベントが待っているに違いない。
異世界のテーマパークは作りこみと演出が半端ないと改めて実感しながら、俺とカリンはこのアトラクションをクリアするために先を急ぐ。
「とりあえず、行こう」
階段を上る俺の左手をぐっとつかんでついてくるカリン。
じわっと手のひらに汗がにじみそうになる。
おい、俺! 緊張すんなよ! これはカップルが手をつないでるのとは違うんだからな!
勇者パーティーとして、はぐれてしまわないためだし!
自分の中でしっかりと言い訳を刻み付け、長めの階段をひたすら上る。
「これ、二階どころか何階までいくんだ?」
「結構上ってるよね?」
明らかにさっきいた一階の部屋の天井以上の距離を上り続けている。
俺たちの緊張も次第に解けていき、これがアトラクションであることをはっきり認識し始めたとき、階段の先にようやく扉が見えた。
「やっとか」
と、扉に手をかけたところでまだガイドの声が流れた。
『苦難を乗り越え、ようやく魔王の座にたどり着いた勇者たち! あとは仲間を助けて、魔王を討伐するのみだ! さあ、進め勇者よ! ダジュームに平和を取り戻せ!』
「もう魔王の座? 苦難を乗り越えって、俺たち階段上っただけじゃないか!」
いつの間にか俺たちはもう魔王の部屋の目前まで来てしまったようだ。
まさか手抜き? 一階を作ったところで予算を使い切ったんじゃないだろうな?
「まあまあ、ここでいちいち突っ込んでても仕方ないわよ。行きましょう、魔王の座へ! ホイップちゃんも助けなくちゃ!」
カリンはすべての事情を呑み込んだのか、うんうんと頷いている。
どうやらこのノリに乗っかることにしたようだ。
確かにアトラクションならば楽しむべきである。
「じゃあ、行くぞ?」
一応、カリンに確認をして、その扉を開ける。
するとその扉の先には――。
「あ、ケンタさんとカリンちゃん!」
魔王の座といわれたこの部屋から聞こえてきたのは、ホイップの声だった。
部屋の奥には大きな檻があり、その中にさっきモンスターに捕まった体のホイップがとらわれていた!
「ホイップちゃん! 今すぐ助けてあげるからね!」
そのとらわれたホイップに気づいたカリンは、俺の手を離して駆け出して行った。
また何かの罠ではないかと疑ったが、どうやら今回は何もないようで、カリンは檻の前でホイップと感動の再会を果たした。
「だめ、鍵がかかってる!」
ガチャガチャと檻を揺らし、カリンは大きな南京錠を指さす。
俺も近づいてみるが、どうやらこの檻は見た目通り人間をとらえるための檻であり、鉄格子の隙間も人間が逃げられないようなくらいの隙間なのである。
ということは妖精のホイップなら簡単にすり抜けられるのだが……。
「ここから出してください! 助けてー!」
ホイップも檻をつかんで、悲壮感のある叫びをあげる。すっと抜けられるだろうに、迫真の演技である。
こいつもすっかりこの世界観に乗っかっているようだ。
仕方がない、俺も見なかったことにしておこう。
「ケンタくん、どうしよう? どこかに鍵はないかしら?」
どこか棒読みのカリンである。
「ここまで鍵があるような場所はなかったぞ?」
俺も部屋を見渡すが、宝箱のようなものも見つからない。
それにここに来るまでの道のりも、ただ階段を上ってきただけだし。
「さっきモンスターが言ってたのを聞いたんですけど、この魔王城、もうすぐ爆発するらしいんです! 早く逃げなきゃ、みんな死んじゃいますよ!」
おそらくさっき捕まったときにスタッフか誰かからこのシナリオを教えられたのであろう。
ホイップがすらすらとセリフを暗唱し、役目を全うする。
客の一人を使ってストーリーを進行させるとは、なかなかのアトラクションである。
「なんですって! はやくこの檻を何とかしなくちゃ!」
カリンもすっかり楽しんでいるようで何よりだ。
しかし爆発という具体的なイベント内容が明示されたからには、なんとかせねばならない。
まさか本当に爆破するつもりはないだろうが、ここには恐怖で死人が出るアトラクションもあるようなので油断はできない。
「でも鍵なんてないしなぁ」
ていうかここ、魔王の座でしょ?
この部屋には大きな檻があるだけで、何もないのだ。
なんで魔王がいないんだよ? いや、いなくていいんだけどさ!
俺が部屋をうろうろとしていると、カリンがグイっと俺の腕をつかんできた。
「ちょっとケンタくん! 勇者なんだから、ホイップちゃんを助けてあげて!」
真剣なまなざしで俺を見つめてくるカリン。
「いや、そうしたいのはやまやまなんだけど、どこにも鍵なんてないんだよなぁ?」
「勇者ケンタさん、助けてー!」
ホイップまでも白々しく俺のことを勇者と呼んでくる。
そういえばこのパーティーの勇者は俺だったんだっけ?
この城に入る前に怪しげな勇者の剣を渡され……。
「あ、これか!」
俺はベルトに挟んだまますっかり忘れていた伝説の剣を思い出した。
これがもしかして、檻の鍵になるのか?
「もう、ケンタくん、気づくの遅いよ!」
「ほんと、勘の悪い男はモテませんよ!」
伝説の剣を取り出し、檻の南京錠に差し込もうとしていると、女子二人からボロクソに言われてしまう。
どうやらこの伝説の剣の使い方は、二人ともとっくに気づいていたらしくずっと演技をしていたみたいだ。
俺はこういうテーマパークノリ、慣れていないんだって!
「お、開いた」
伝説の剣を大きな南京錠に差し込むとガチャリと鍵が開き、ようやくホイップを助け出すことができた。
ていうか、いつでも出られたんだけどな、こいつ!
「カリンちゃーん! 怖かったよー!」
「もう大丈夫だからね、ホイップちゃん!」
女子二人が抱き合って再会の感動を分かち合っているが、それどころではないはずだ。
「そういや、この魔王城が爆発するんじゃなかったのか?」
こうなったら俺もこのイベントに乗っかることにする。
「そうなんですよ! だからここにはもう魔王もいない設定なんです!」
「設定て言うな!」
いや、わかってるんだけど!
するとまたあの音声ガイドがご丁寧に俺たちを導いてくれる。
『魔王城には魔王はすでにいなかった! そして仲間を救出した勇者は、この魔王城が爆破されることを知る! 今すぐ逃げないと、ここでゲームオーバーだ! 急げ、勇者! 脱出するのだ!』
すると部屋の壁がバインと開き、先に進める道が現れたのだった。
いやぁ、よくできてるなー!
「さ、急いで脱出するわよ!」
「行きましょう!」
カリンとホイップがその道を走る。それに続いて、俺も追いかける。
「脱出って、どうやって……?」
しばらく部屋からまっすぐ続く道を走りながら、俺は素朴な疑問を浮かべる。
この魔王の座は、結構な高階層にあるはずだ。結構な距離の階段を上ったので、間違いはない。
まさか飛び降りるとかやめてくれよ?
「あ! あれに乗って脱出するのね!」
すると前方を行くカリンが立ち止まった。
そしてそこにあったのは、まさかのジェットコースターである。
「いやいや、いきなりこんな魔王城らしくない乗り物! 最後の最後で世界観ぶち壊しじゃないか!」
さっきまでのおどろおどろしい魔王城のファンタジー設定はどこいったんだ!
結局はやっぱりテーマパークなのね! ダジュームといえど!
「さ、ケンタさん、早く乗って!」
まったくなんの疑問も抱かないようにホイップが急かしてくる。
どうやら妖精用のシートはないらしく、ホイップはカリンの鞄にもぐりこんだ。
俺も仕方なくコースターに座ると、ウイーンと頭の上から安全バーが下りてきた。
うん、まさしく俺が知ってるジェットコースターだね! 異世界感、まったくないよね!
そのままがっちりとシートに固定されると、がたんと動き出す。
「大丈夫? ケンタくん、怖くない?」
隣のカリンが声をかけてくる。
「いや、ホイップが急かすから乗っちゃったけど、俺、普通にこういうの苦手なんだよ……」
俺はぐっと方から降ろされている安全バーを握る。
ジェットコースターなんて、子供のころ家族で遊園地に行った時以来だ。
あの時は無理やり乗せられて、大泣きしたような記憶がある。それ以来、絶叫マシンは苦手というか、トラウマというか……。
そもそもこれが俺たちの世界のジェットコースターと同じである保証はないのが、俺をさらなる恐怖に陥れているのだ。
死なないよね? 逆の意味で俺の期待を裏切らないよね?
「ほら、怖かったら、私の手を握ってていいよ」
すっと、カリンが右手を差し出す。
ジェットコースターはゆっくりと、なぜかさらに上へ向かっているようだ。
「カリン……」
俺は戸惑って、素直にその手を握れない。
さっき階段を上ってきたときと逆のパターンである。
コースターはついに城の外を出て、頂上付近に達した。
その地点は俺が思っているよりもずっと高く、地上が遥か下に見える。
「実は私もちょっと怖いかも……」
その言葉は、俺に男としての勇気を出させるためのものだったのかもしれない。
「だ、大丈夫さ。お、俺がついてるから」
俺はカリンの手を握る。
ちょうど、コースターはレールの頂上に達した。
そしてジェットコースターは、一気に地上に向けて滑り落ちていくのであった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
「キャ――――――!」
それはまさしく、俺が知っているジェットコースターそのもので、最後は魔王城の周りを囲んでいた堀に着水して、俺たちはずぶ濡れになるのであった。
最後まで俺とカリンはずっと手を離さずに、握ったままだった。
こんな俺たちの異世界ラブコメ――。
は、ここまでだった。
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