翌朝。
ダジュームコンチネンタルホテルの一室。
目覚めたときに見えた天井のシャンデリアが、いまだ夢の中であるかと思わせた。まさか俺の人生の中で、こんな豪勢な部屋で眠ることがあるなんて思ってもみなかった。しかもここは異世界である。
寝返りを打つと、まだベッドではカリンとホイップが眠っているようだ。
俺はソファで眠ったのだが、さすが高級ホテルのソファである。普段寝ているベッドよりもふかふかで、快適に眠れたのだから皮肉なものである。
カリンと同じ部屋で泊まるということになり、一時は動揺と期待が入り混じっていたのだが、ホイップの乱入で俺が心配していたようなことは一切あるはずもなく朝を迎えたのだった。
カリンやホイップの着替えの時には洗面所に押し込められ、夜中まで続いた女子トークにも付き合わされ、時にはロビーの売店までお菓子を買いにパシらされ……。
俺は不埒なことすら考えることもできないままこの朝を迎えてしまった。
ま、これでいいんだけどね……。
今の俺はラブコメなんかより、スキルを身につけてジョブを探すことなんだから!
「じゃ、行っくよー!」
「おー!」
朝から朝食を取り、やる気満々のカリンにホイップも腕を高く上げて答える。
今日の予定は朝からダジュームアドベンチャーワールドに行くことであった。
この異世界ダジュームにおける最大のテーマパーク。
カリンがこの首都へ来た一番の目的である。
「……ホイップも行くのか?」
俺たちの周りを飛んでいるホイップも、今日は小さなリュックを背負って、肩には水筒をぶら下げる観光スタイルになっていた。
「当たり前でしょ! あ、またカリンちゃんと二人っきりでデート気分でも味わおうとしてたんですか? 図々しい!」
「だから、すぐ話をそっちに持っていくなって! 今日は妖精の会議はないのかってこと!」
「国際妖精会議は昨日で全日程を無事終わりましたから、安心してください! 今後もこのダジュームにおける妖精たちの地位の向上と権利は保障されましたから!」
妖精協会の理事でもあるホイップが胸を張るが、どうやらすごく重要な会議であったみたいだ。マジでホイップって妖精界の重鎮なのかもしれない。
やはりこのダジュームで逆らってはいけない人物の第二位である。ちな、一位はシャルム。
「ねえねえホイップちゃん。とりあえず絶叫系からいっとく?」
「そうですね。絶叫系はマストでしょう!」
女子二人がガイドブック片手に、ウキウキが止まらないようである。
「そんな絶叫マシンまであるのか?」
「そうよ! ダジュームの名所をアトラクションにしてるみたいなの。一番人気は『人食い魔女のインフェルノマウンテン』っていう絶叫コースターらしいわよ! 楽しそうだね!」
「ど、どこが楽しそうなんだよ!」
カリンが同意を求めてくるが、首を縦に振ることはできない。
人食い魔女って何? このダジュームにはそういう恐ろしい方々がいらっしゃるんですか?
「ダジュームアドベンチャーワールドのアトラクションはすべて魔法によって動いてるんで、超本格的ですよ! 年に数人は恐怖で心臓が止まって死んじゃうくらいですから!」
「死んだらダメだろ! 今すぐ営業停止させてくれ!」
無邪気なホイップの言葉に、俺は漏らしそうになる。
死んだらもはやアトラクションではない!
純粋に楽しもうよ、恐怖じゃなく! インフェルノ感は求めてないから!
「早く行こう! ほらほら」
カリンに手を引っ張られて、俺たちはホテルを出る。
しかし異世界にきて絶叫マシンに乗ることになろうとは思ってもみなかったぜ……。
俺たちはホテルの前に止まっていた馬車に乗り込み、いざダジュームアドベンチャーワールドへと向かった。
俺はテーマパークといったら、東京チバニーランドをイメージしていた。
広い園内にお城が建っていて、豊富なアトラクションに、夜になればパレードが行われ、時折すれ違うマスコットと写真を撮ったりしながら、老若男女問わず一日中楽しめる。
それが俺のイメージするテーマパークだった。
「す、すげー」
だが今やってきたダジュームアドベンチャーワールドは、もう圧巻だった。
入口の門の前で、俺は首がもげそうになるくらい、見上げていた。
「アレアレアの町よりも大きいんじゃないの?」
隣でカリンもぽかんと口を開けている。
門自体、あのアレアレアの町の南門と比べても、はるかに大きいのだ。
明らかにテーマパークという規模を超えている。
「そりゃそうですよ! このダジュームアドベンチャーワールド、広さだけならアレアレアの町の10個分はあると思いますよ!」
「じゅ、10個分?」
自慢のように、ホイップが教えてくれる。
四方を壁に囲まれたアレアレアの町は、広さでいえばそこまで大きな町とは言えなかったが、それでも南北で数キロはあったはずだ。
ということは、このテーマパークの端から端まで行こうとすると、数十キロあるというのか?
「伊達にダジュームの名はついていませんよ。ラの国を中心に、世界中の技術と資金をつぎ込んで作られたテーマパークですからね! 中にはダジュームの山や川、洞窟や建物を再現されているんですから。これでも狭いほうです!」
胸を張るホイップに、俺とカリンは黙って頷く。
これは想像の遥か上の上をいかれてしまった。こんなにもすごいとは思わなかった!
これでは一日で回るどころじゃないぞ!
「さ、入りましょう! 混雑度や移動時間で優先順位をつけてるから、今日は秒単位のスケジュールだからね! それ、突撃ー!」
カリンがチケットを手に、園内に突入する。
それに羽をはばたかせてホイップもついていく。
「やれやれ、今日は大変そうだ……」
さすが異世界である。テーマパークもレベルが違う。
今日一日のハードスケジュールのことを考えると、俺はすでに疲れていた。
園内に入ると、もはやテーマパークという景色ではなかった。
何しろ全長数十キロである。町、というにもスケールが違うような気がする。もはや、国。シンガポールくらいの広さはあるんじゃないの?
そこら中にこの異世界ダジュームを模して造られているであろう建物は、俺からするとファンタジーの世界そのものであった。
「最初はこの『魔王城の勇者ハント』に行くわよ!」
入口でもらった大きな地図を広げ、はるか先のほうを指さすカリン。
「なんだよ、その魔王目線の恐ろしいアトラクションは……」
勇者をハントしちゃダメだろ!
勇者協会からクレームとかきてないの?
ちらっとその地図を確認してみると、魔王城は今いる入口からは遥か遠方であった。正確な距離はわからないが、歩いていくだけで数時間かかりそうなスケールである。
「これ、歩いていけないだろ? 乗り物みたいなものはないのか?」
園内の移動用にバスなんかがあってもおかしくない。
するとホイップがちょんちょんと俺の肩を叩く。
「もちろん、ありますよ。乗り物ではないですけどね!」
ホイップが示す方向を見ると、そこにはバス停のような看板が立っていた。
「なんだこれ? うおっ?」
その看板に顔を近づけると、液晶画面のようなディスプレイが光った。
「転送装置です。行きたい地点に、魔法で転送できるんですよ」
「すごーい! 超異世界って感じ!」
カリンもその魔法技術の高さには驚かざるを得ないようだ。
そのディスプレイには地図と、数十か所の転送ポイントが表示されている。ホイップがポチポチと操作を始める。
「魔王城は、ここですね! ポチっと」
その中で、魔王城の最寄ポイントを選択する。
「さ、転送が始まりますから、円の中に入ってくださいね!」
よく見ると看板の下に、丸い魔法陣のような模様が浮き上がってきた。
ホイップが手招きするので俺とカリンは急いでその円の中に入る。
すると、俺たちを囲むように地面から光が立ち上り、円筒状の壁に包まれた。
「ひゅっとしますよ!」
ホイップのその声と同時に、俺の体はひゅっとした。
「……えっ?」
次の瞬間には、さっきと違う場所に俺たちはいた。
「すっごーい!」
転送で移動したカリンは手を合わせて感動している。
ホイップの言う通り、ひゅっとする感覚は魔法によるものだろう。なんだか背中に冷風が通り抜けた感じ?
誰かに魔法をかけられたわけではなく、この看板で操作することで転送の魔法がかかるようになっているのか。魔法ってこんなこともできるんだな。
「本来、ワープの魔法は自分一人しか飛ぶことはできないんですけど、この装置は近距離であることと場所を特定してルート化してあることから、数人程度なら飛ばすことができるようになっています!」
ホイップが俺の思考を読み取ったかのように、説明してくれる。
「ケンタくん、あれ!」
そしてカリンに促された先にあるのは、お目当ての魔王城だった。
といっても、魔王城のレプリカなのであるが、その存在感に俺は言葉を失った。
「すっげ……」
実際の魔王城はもちろん見たことがないが、その大きさ、おどろおどろしさは圧巻であった。
魔王城の周りは堀のようになっていて、真っ赤な液体が流れている。血、ですか?
その堀を渡るようにかけられた橋の先には、それはもう壮大な城がそびえているのだった!
その大きさは昨日会議が行われていたビルなんかよりも大きく、頂上のほうはうっすらと真っ黒な雲がかかっていて臨むことはできなかった。
「これはマジモンの魔王城が復元されているのか?」
「そうですよ。本物の魔王城を1/1サイズで作ってあるみたいです! 外観は完ぺきですが、さすがに内部は想像でしょうけどね!」
この城に入って生きて帰ってきたものはいないということだろう。
そりゃそうだ。いわばこれがラストダンジョンである。
勇者クロスたちは、ダジュームのどこかにあるこの魔王城を目指して冒険をしているのだ。
レプリカだとわかっていても、俺は恐怖で背中に汗が流れてしまう。
こんな城を目の前にして、中に入ろうとする勇者マジリスペクト!
「シリウス君にも見せてあげたかったね!」
カリンもまるで見えない魔王城の天守を見上げながら言う。
勇者パーティーに入りたいシリウスにとって、この城は目標の最たる場所であろう。
「これを見たら勇者パーティーに入りたいなんて言わなくなるかもな」
だってこんなとこに入って、生きて帰れる気がしないよ!
「さ、行きましょう!」
一人お気楽なホイップが魔王城の門を目指して飛んでいく。
俺たちはいよいよ魔王城(レプリカ)に突入することになったのだ!
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