「その最初にダジュームと裏の世界を移動した人を『ファーストムーバー』と名付けるとして、それは一体誰なんだ? 最初にダジュームと裏の世界をワープでつなげた人物は?」
俺はベリシャスに食いつく。
今現在、裏の世界とダジュームを繋いでいるゲートは、前魔王であるベリシャスの兄が作ったらしい。それ以前は【ワープ】を使えるモンスターたちがタクシーよろしく、その都度ダジュームへと人力で移動させていたということだ。
ではさらにそれ以前、最初に【ワープ】の魔法でダジュームと裏の世界を紐づけたのは誰か? そのファーストムーバーは、それまで決して行くことのできなかった別の世界に移動できたということなのだ。
その人物が分かれば、この二つの世界以外へも行くことができるかもしれない。
俺の元いた世界に戻れるかもしれないのだ。
「さあ? だって僕の生まれるずっと前のことだからね。知るわけないじゃないか」
「そ、そうなのか?」
期待していたことが、ベリシャスの一言で一気に瓦解した。
「兄さんなら知ってたかもしれないけど、僕は分からないね。残念ながら」
玉座に腰掛け、足を組むベリシャス。
あいにく、ベリシャスの兄はすでに死んでしまっている。
「そうか……」
ひとつ息を吐いて考える。
ベリシャスの兄が生きていれば……。
いや、生き返らせることができれば……?
「ケンタ、良くないことを考えているね?」
思案に耽る俺を見て、ベリシャスが図星をついてくる。
「いや、何も考えてないよ。残念だって思ってるだけで……」
「君なら、兄さんを生き返らせることができるからね。【蘇生】のスキルで」
そういうベリシャスの顔を、俺は直視することができなかった。
そうなんだ。俺は、この【蘇生】スキルを使えばベリシャスの兄であり、先代の魔王を生き返らせることができるかもしれないのだ。
でも……。
「君はこの裏の世界とダジュームの運命を握る抑止力なんだ。そりゃ僕だって兄さんには生き返ってほしいけど、それはできない。なんのために君はここにいると思ってるんだ」
さっきまでのゆるゆる魔王ではなく、今は真面目な顔で俺を諭してくるベリシャス。
当然のことだ。俺のこの【蘇生】スキルは、決して使ってはいけない。先代魔王を生き返らせるかもしれない、という事実が抑止力となってランゲラクや勇者たちの激突を食い止めているのだ。
俺が元の世界に戻る方法を知るためだけに、このスキルを使って先代魔王を生き返らせるなんて言語道断だ。
そんなことわかってはいるが、わかってはいるんだけど……。
「君が言いたいことは分かるよ。兄さんを生き返らせて、世界間の移動方法を聞きたいんだろ?」
「……そうだよ。でもそれは無理なことだって、十分理解してるよ」
俺のわがままでダジュームを揺るがすわけにはいかない。
それにベリシャスの兄が知っているとも限らないし、そのファーストムーバーはすでにこの世にいないかもしれない。
これは永遠の謎というものだ。
「でもそういうスキルが大昔にあったことは事実っぽいんだよね。【ワープ】の上位スキルである【空間移動】ってスキルがね」
「【空間移動】だって?」
ベリシャスが新たな情報を持ち出してきた。
「そう。きっとダジュームと裏の世界を繋げたファーストムーバーもその【空間移動】のスキルを持っていたんだろう。無数に存在する未踏の別空間の世界へ自由に行き来できるスキルとされているんだけどね、もうこれは魔王軍でも伝説レベルの話なんだけど」
「そんなスキルがあるのか?」
「別空間の世界を見つけ出し、自由に移動する。【ワープ】と違って場所の紐付けは必要ないらしいね。ファーストムーバーはそのスキルを使って、ダジュームもしくは裏の世界を見つけたのかもね。あいにく、今魔王軍で使えるモンスターは皆無だね。もちろん僕も使えないよ。ファーストムーバーが最初で最後の習得者だったのかもしれないね」
「そうか……」
ベリシャスの話に希望を見出そうとしたが、俺にはどうしようもない話だった。
魔王軍でも伝説レベルでベリシャスですら習得していないスキルなんて、そう簡単に見つかるわけがない。
ファーストムーバーがどこかで生きているとしても、このダジュームや裏の世界にいるとは限らないのだ。また別の世界に移動していたら、もう見つけようがない。
「期待だけ持たせてしまったようだけど、こればかりはどうしようもないよ。諦めないことは大事だけど、諦めるからこそ見える新しい道もあるからね。ケンタにはその道を探してほしい」
真面目なことを言って俺を励ましてくれる魔王ベリシャス。
「そもそも君の持ってる【蘇生】スキルも伝説級のスキルなんだけどね」
「それ以外のスキルなんて何も持ってないからな。なんでそんな大層なスキルだけ身に付いちゃったんだよ、ほんと」
「でさ、ひとつ提案なんだけど」
と、ベリシャスがいきなり話題を変えようとしてきた。
俺はこういう時、いやな予感しかしない。
「な、なんだよ?」
「君もなんだかんだスローライフが送りたいとか言ってるけどさ、やっぱり力はあったほうがいいと思うんだよ。その【蘇生】スキルを持っている限り、狙われる立場だしさ。少なくとも自分の身を守るくらいのね」
それは勇者と一触即発した時のことであり、ランゲラクと遭遇した時のことを言っているのだろう。
今回のダジューム行きで、もし俺がデーモンになっておらずアイソトープのままだったらどうなっていただろうか。
まずはアレアレアでボジャットに殺されて、勇者にも殺されて、ランゲラクにも殺されていただろう。
想像しただけでぞっとして、尿意をもよおしてしまう。
「ね? 君は三回は確実に死んでるよね?」
俺の想像を把握するように、ベリシャスがにたっと笑う。
「それはデーモンだったから巻き込まれただけで、アイソトープのままならあんなにアクティブに行動してないよ! 俺もちょっと調子に乗ったというか」
「でもデーモンだったから、ホイップにも会えたんじゃないか」
「それはそうだけど……」
「デーモンの力があれば、きっとケンタももっと自由になれるんじゃないかと思うんだよね。今のままじゃ、ずっとこの魔王城に隠れてなきゃいけないよ? それでもいいの?」
「そ、それは……」
俺の存在は抑止力としても、ずっとここで隠れているだけではそれ以上の進展はない。
憎しみの連鎖をなくし、ダジュームの平和を叶えるためにしなくてはいけないことはたくさんあるはずだが、今の俺ではそれをするまでの道のりは果てしなく遠いと思われる。
「もし、万が一、ランゲラクがこの魔王城に攻めてきたとして、僕は最後まで君の肩を持つことはできないかもしれない。あくまで僕は魔王であり、ランゲラクは部下だ。この裏の世界のモンスターをまとめる立場だ。いつまでも君の隠れ蓑でいられるとは限らないんだ」
ベリシャスは己の立場と、俺の立場を客観的に捉えている。
ベリシャスとて、ランゲラクと戦うことは避けなくてはいけないのだ。魔王軍が真っ二つになるなんて、それこそ新たな憎しみの連鎖を引き起こしてしまうだけだ。
そうなると、切られるのは俺のほう。
「だったらどうすりゃいいんだよ? 俺みたいなアイソトープがモンスターにかなうわけないんだからさ?」
「だからスキルを身につければいいんだよ」
「ス、スキル?」
ベリシャスの言葉に、俺は眉をひそめた。
「そう。スキルを身につければ、アイソトープだってモンスターに対抗できるようになるんだから」
「スキルって、そんな簡単に言うなよ。俺もハローワークで一応訓練だけは受けてきたんだからさ」
俺はこれまでハローワークで訓練を積んできた結果、【薪拾い】のスキルくらいしか習得できていないのだ。情けないことに。
「ゼロから素質のないスキルを習得しようとすると大変なのはわかってるよ。でも君にはもうきっかけを与えてあるじゃないか」
「きっかけだって?」
「僕が君にかけた【変化】だよ。君はもうデーモンに変化するという経験を得ているんだよ。それは体の記憶として」
ますます嫌な予感がしてきた。
まさか俺に本格的にデーモンになって、魔王軍につけってことを言いたいんじゃなかろうな?
「ちょっと待てよ、俺はデーモンになんかなるつもりはないぞ! 俺はこの体で満足してるんだから! ノーデーモン!」
マジでデーモンになったら、もうもとの世界に戻るどころじゃなくなるではないか。それにホイップと交わしたハローワークに帰る約束も、そもそもデーモンで帰ったらシャルムに追い出されるよ!
「デーモンになれなんていってないよ。でも君の意志で自由にデーモンになれたら便利じゃないか? 普段はその姿で、ピンチの時はデーモンに変わる」
「それって自分で自分に【変化】の魔法をかけるってことか? そんなことできるのか?」
半分アイソトープ、半分デーモン?
「それこそ訓練すればいいんだよ。レベルアップのための修行イベントなんて、少年マンガの激熱展開のひとつじゃないか!」
ぐっとこぶしを握り、目をキラキラ輝かせるベリシャス。
一体このマンガのお約束展開の知識はどこで身につけたんだ、こいつ……?
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