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ハマカズシ
ハマカズシ

救出

公開日時: 2021年6月30日(水) 18:00
更新日時: 2022年1月3日(月) 11:17
文字数:4,096

 シリウスの一撃で、右腕を失った俺。空中に漂いながら、ぼとぼとと傷口から血が流れ落ちる。砂浜には血だまりができるほどであった。


 大したスピードもなく、意表を突いたわけでもない凡庸な攻撃だった。いくらでも避けられたし、反撃する余裕もあった。


 あえて攻撃を食らった、というのも正確ではない。


 これは俺が抱えるべき、瑕疵だった。


「ケ、ケンタさん……」


 俺のことを心配するようなシリウス。足元に落ちた、俺の右腕を見て、少し後ずさった。


 腕を切り落とされても痛みを感じないのは、モンスターだからだ。むしろダメージを受けていない俺の体はどうなってるんだ? マジで中ボスレベルはあるんだろうな。ベリシャスに厄介な体にされたもんだよ。


 それでも俺は戦うつもりはない。


「やられちまったよ」


 今日のところは、これを結論としたかった。勇者の狙いがよく分かった。


 勇者は俺が先代の魔王を生き返らせると考えている。俺が魔王の軍門に下ったと考え、俺を殺そうとしているのだ。目的は違えど、つまりはランゲラクと考えることは同じ。


 だとしたら、そう簡単に殺されるわけにはいかない。


「じゃあな、シリウス。今日はここまでにしとこう」


 俺はすいっと、高度を上げた。


「逃がすな!」


 安全な場所から勇者が叫ぶが、もうシリウスの攻撃は届かない。


 となると次に俺に襲い掛かってくるのは……。


「やあっ!」


 魔法使いサラメットの杖から、火の玉のようなものが数発飛んでくる。俺はそれを空中でなんなく避ける。


 話し合いをするなんて不可能だった。勇者が俺を狙っている以上、戦闘になるのは必然だった。


 ボジャットに捕まってしまってから、本来の目的を忘れて暴走したのは俺だ。これじゃペリクルに叱られてしまう。


「逃げる前に、本来の目的を果たさせてもらおうかな」


 俺は勇者クロスたちがいる場所に向けて、飛び立った。


 シリウスと、切り取られた右腕はそのままにして。


「来たぞ! 撃ち落とせ!」


 勇者がサラメットとメサに命令するが、俺のスピードをなめてもらっては困る。一瞬で勇者たちの頭上に到達し、さらに急降下する。


 クロスたちは慌てふためき、その場から四方に散る。


 そんな慌てて逃げなくてもいいのに。勇者を攻撃するつもりなんて、まったくなかった。


「ケンタさん! こっちです!」


「ホイップ!」


 鳥カゴの中で両手を広げるホイップ。


 鳥カゴごと空中から掴んで、再び上空に舞い上がる。


 こんなデーモンの姿になってまでダジュームに来たのは、ホイップを探すためだった。


 そして勇者に会いに寄り道した結果、棚ぼた的にホイップを見つけてしまった。これは幸運でもあったのだ。


「じゃあ、そういうことで!」


「待て!」


 地上では勇者たちが騒いでいるが、もう関係のないことだ。


 チラリと、最後に砂浜に視線を落とす。


 シリウスが大剣を握ったまま、俺を見上げていた。


 シリウスには悪いが、今は話もできないことは分かった。


 きっとお互いが望む平和の到達点は同じはずだ。だけど、今は別々の道を歩むしかない。


 自分を信じて、俺は前を向いた。


 いつか俺とシリウスの望む平和が、交わることを信じよう。


「ケンタさん! 本当にケンタさんなんですか?」


「そうだよ。いろいろあってさ」


 鳥カゴを抱えて飛んでいると、ホイップは話しかけてくる。


 こんな姿で再会するとは思っても見なかったが、俺だと信じてくれていることは素直にありがたかった。


「空まで飛べるようになって、すっかり立派になりましたね!」


「これが立派になった姿だと思うか? まったく……!」


 ホイップと話さねばならないことはたくさんあった。


 だがその小さな妖精を救出できたことに、俺はとりあえずほっとしていた。 


 太陽はもう海の向こうに沈んでしまい、海岸線はようよう黒くなり始めたところだった。




 


 

「ここまで来れば、大丈夫だろ」


 俺たちはファの国を抜け、すでにラの国に入っていた。とりあえずアレアレアに向かおうとした途中で、休憩しようと山の中に下りた。


「早く出してください! もう窮屈なんですよ!」


 鳥かごの中で、ホイップが暴れている。元気そうで、安心する。


「ちょっと待ってろよ」


 と、鳥カゴの鍵をバキンとこじ開け、中からホイップを出してやる。


 こういう時、モンスターは体は力があっていいぜ?


「ああー! シャバの空気は美味しいですね!」


 両手を上げて背筋を伸ばすホイップは、パタパタと羽を乾かすように羽ばたかせる。


「いやぁ、ホイップが無事でよかったよ。で、なんで勇者と一緒に……」


「ケンタさん、そこでじっとしててくださいね」


「へ?」


 ホイップがバク宙をするように、ふわりと浮かび上がった。

 俺の頭よりも高いところまで上がって、何やら狙いをつけていた。おいおい、パンツが見えるぞ?


「おい、ホイップ? 何を……」


 何をする気だ、と思った瞬間。


「えいやぁ!」


 ホイップはその小さな両足をそろえて、一直線に俺のは顔面にめがけて急降下!


「ぶべらっ!」


 ホイップの必殺急滑降ドロップキックが俺の鼻に直撃した。


 これは最初にホイップに会ったときと同じシチュエーション!


「これは勝手にハローワークを出ていったお仕置きです!」


 しゅたっと地面に下りるホイップ。


「い、痛い……」


 俺の鼻からは血が溢れ出てきた。シリウスに右手を見られたときよりもダメージを受けてるんですけど、どういうことですか?


「いきなりいなくなったとおもったらそんな姿で現れて、どういうつもりですか、ケンタさん! そんな不良に育てた覚えはありませんよ!」


 腰に手を置いて、俺に説教してくるホイップ。


「ご、ごめんなさい……」


 勝手にハローワークを出ていったことを言われると、何も言い返せない。


「でも、よかったです……。生きてて」


 ぼそっと、ホイップが漏らした。


「ホイップ……」


 このホイップも、俺を探すために一人でハローワークを飛び出したということだった。心配をかけてしまったことに違いはない。


「勇者を通じていろいろ聞きましたよ、ケンタさんのスキルのことは。そんなことになっていたなんて、思いもしませんでした。あのノースキルに定評のあるケンタさんが……」


「変な定評を付けるな。でもなんでホイップが勇者と?」


 俺たちは山の中のきりかぶに腰を掛け、事情を説明し合うことにした。


 俺がこんなデーモンの姿なので、そのへんのモンスターもきっと近づきはできないだろう。


「捕まったんです。妖精の森に行くために、私を利用しようとしてたんですよ、あの勇者!」


 両手をぶんぶんと振り回し、勇者に対する怒りが込み上げてきたホイップ。


「やっぱりそうだったのか……」


「アレアレアにカリンちゃんに会いに行ったところで、あのメサとかいう祈祷師に捕まったんですよ。そのままワープでファの国まで連れていかれて!」


「で、妖精の森には?」


「入れるわけないじゃないですか! あそこに入るにはシャクティ様の許可が……って。そういえばケンタさん、妖精の森に行ったっていうのは本当なんですか?」


「ああ、本当だよ。だから勇者たちは俺を探しに妖精の森に行こうとしてたんだよ」


「なるほど……」


 ホイップがまじまじと俺の顔を見てくる。


「それで?」


「それで、私がごねてたら今度はケンタさんを名乗るモンスターがアレアレアに現れたって連絡が入って。それであの海岸で輸送されるのを待ってたんですよ。妖精の森に行かなくてよくなったのに、私は解放してくれないんですからね。勇者って融通がきかないですね!」


「でも俺が助けてやったんだから、これでおあいこだろ」


「まあ、そういうことにしといてあげますよ」


 ホイップは腕を組んで、顔をプイっと背けた。素直じゃないなぁ。


「で、なんでそんなモンスターになってるんですか? どこに行ってたんですか? シャルム様には会いましたか?」


 今度はホイップが質問の雨を降らせてくる。


「ああ、シャルムにはモンスター臭くなるから事務所に入るなって言われたよ……。いや、そうじゃなくて、俺たちはお前を探してたんだよ!」


「俺たち? ほかに誰かいるんですか?」


「ああ。ペリクルだ。覚えてるだろ?」


「ペリクル? ペリクルって、あのペリクルですか?」


 ホイップの丸い目が、いっそう丸くなった。


「そうだ。妖精の森でお前が世話してた、あのペリクルだ。ペリクルも森を去ったホイップを探していたんだよ。ずっと」


 ハローワークを飛び出した俺と同じように、ホイップも妖精の森を飛び出していたんだ。


「ペリクルも、ダジュームにいるんですか?」


「ああ。あいつもいろいろあって、今はダジュームにいる」


「じゃあケンタさんを妖精の森に導いたのもペリクル……?」


「そういうことだ。今はちょっとはぐれちゃったけど、たぶんアレアレアにいるはずだ。明日会いに行こう!」


 これでようやく俺がモンスターになってまでダジュームに来た目的を果たせる。


 ホイップとペリクルの再会を叶えられるとあっては、失った右手など安い代償だ。


「そうですか……。あのちびペリクルが……」


 妖精の森では育ての親だったホイップが、しみじみと昔を思い出すように呟く。


「ずっと会いたがってたぞ」


「ケンタさんも、妖精の森でシャクティ様に会ったんですか?」


「ああ」


「そうですか。……じゃあアイソトープのことも?」


「もちろん聞いた。妖精に転生できなかったできそこないが、俺たちアイソトープだってこともな」


「そうなんですね」


 ふとホイップのか表情が曇る。


「別に俺はなんとも思ってねーからな。アイソトープでも不満はないし、いや不満はあるけど……、まあなんとかやってるし。こんな姿になっても」


「そうですね。ただじゃ死にそうにありませんね、ケンタさんは」


 ふふ、とホイップが笑った。


「うるさい。でも右手を切り落とされて、どうしようか? これ元の姿に戻ったときはどうなるんだろ?」


「ペリクルはああ見えて回復魔法が使えるんで、治してくれるかもしれませんよ」


「マジか? 明日頼んでみようか」


「で、なんでそんなモンスターになったんですか?」


「これはな……」


 それから俺たちは、二人で語り合った。


 これまでのことや、これからのこと。


 いつの間にか眠ってしまい朝を迎えると、俺たちはペリクルに会うためにアレアレアに向かったのだった。

 

 

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