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ハマカズシ
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真実と嘘(2)

公開日時: 2021年9月6日(月) 18:44
更新日時: 2022年1月8日(土) 11:40
文字数:3,650

 シャルムの父親は、先代魔王ハデス。つまり、魔王ベリシャスは叔父?


「え? ちょっと待てよ? 何言ってんだよ、シャルム……?」


 シャルムの告白に、俺は全く頭の中が整理できない。


 前の魔王が死んだのは、もう何百年も前のことだ。あの伝説のアイソトープであり、救世主と言われるウハネが倒したはずだ。そのハデスの娘ってことは、シャルムは何歳なんだ? 半分モンスターだから寿命も長いってことなのか?


 いやいや、ていうか魔王の娘って、どういうことだ?


「混乱しすぎよ、あなた」


 俺がうろたえているのに気づいたのか、シャルムは冷静にたしなめてくる。


「混乱せずにいられるかよ! 俺も何から聞いていいのか分からないんだよ!」


 シャルムは父親を生き返らせるために、俺を魔王城に送ったってことか?


 つまりはハデスを生き返らせて、それからどうするんだ? 


 考えれば考えるほど、頭が爆発しそうだ。


「迷子になったタヌキみたいな情けない顔しないでよ。最初から説明するためにここに呼んだんだから、落ち着きなさい」


 監視塔の最上階、部屋にあった椅子に腰かけるシャルム。俺にも座るように目配せをし、素直にそれに従う。


 腰を落ち着け、俺は大きく息を吐く。


「本当にシャルムは、魔王の娘なのか……?」


 まずは一番大きな質問を投げかける。


 ハローワークの所長として、当然ダジュームの人間だと疑ってもみなかったのだ。それなのに、まさか魔王の娘だなんて。


「なんで嘘言わなきゃいけないの」


「嘘って言うか、ずっと黙ってたじゃないか!」


「聞かれなかったし、言う必要ないじゃないの」


「そ、そうだけど……」


 ハローワーク所長と保護されたアイソトープという立場で、出生の秘密なんてプライベートなことを聞けるわけがないではないか。俺にだってデリカシーはある。


「で、でも、ハデスが生きてたのは何百年も前じゃないか? 母親は誰なんだよ? そういえばこのアレアレアのバリアが張られていないのはなんでだよ? あ、スネークさんに保護されたときはシャルムは子どもの姿だったんじゃないのか? もしかして、ダジュームと裏の世界を繋げたファーストムーバーってシャルムなのか? いや、それより俺の【蘇生】スキルは……」


「うるさい! あなた、どれだけ質問が下手なの? 思いついたことをすぐに口に出しなさんな!」


 シャルムに叱られた。


 いくら俺のレベルが上がったからといって、シャルムには敵いそうにもない。保護された時点で、完全に上下関係が出来上がってしまっている。


「もうすべてを明かさなければ、あなたは勇者に会おうとするんでしょ? 教えてあげるわよ、ダジュームの真実を」


 シャルムは髪を耳にかけ、まっすぐ俺を見つめる。


 俺は口を結んで、ただただ大きく頷いた。


「私は魔王ハデスと人間の母親の間に生まれたのよ。私は魔王城で生まれ、魔王城で育った。さっきまであなたがいた、あの魔王城よ」


 シャルムは監視塔の窓から、遠くを眺めながら言った。


 夜の空には星が浮かんでいる。裏の世界にある魔王城は別空間で、ここから空を眺めても見えるはずはなかった。だがシャルムの視線はその生まれた場所をどこかに探しているようだった。


「自分が人間とモンスターの間の子どもで、それが普通ではないということに気づいたのは、きっとダジュームに来てからだったかもね。それくらい魔王城での私の生活は普通のことだった。父と母に魔王城で、モンスターたちに囲まれながら、私は育ったってコト」


 シャルムは記憶をたどるように、そして俺に聞かせるようにゆっくりと語り始めた。


 俺は黙ってその話を聞くことにした。


「父親が何かと戦っているということは分かっていたわ。魔王という立場で、モンスターたちを率いて勇者という人間と戦っている。裏の世界で育ってきた私にとって、父親は正義であったし、勇者が悪だった。悪を懲らしめようとする父親は誇りだったし、それが父の仕事だったの」


 いつの間にかシャルムは瞳を閉じていた。瞼の裏に父親の姿を浮かべているのだろうか。


「だけど、父はもっと大きなものを背負っていた……」


 ふと、シャルムの瞳に影が差す。


「あなたも知っての通り、そのときの勇者は救世主ウハネ。伝説のアイソトープって言われてるけど、それはあくまで結果論よ。大したレベルもなく、スキルもない。人間によって担ぎ出されただけの、肩書勇者。魔王軍が本気を出すまでもなかったの。だけど……」


 シャルムは言葉を溜めるが、俺は聞きたくて仕方がないことがある。


 それは、ファーストムーバーのこと。


 シャルムが魔王城で生まれたということは、少なくともその時点でダジュームと裏の世界は繋がっていたのだ。人間である母親が空間を移動できるスキルを持っていたのではなかろうか? 


 だが俺からは口を挟まないよいうにして、シャルムの言葉を待つ。


「だけど、私たちは嵌められた」


「は、嵌められた?」


「そう。私たちはウハネに嵌められた。騙されたってワケ」


 シャルムは眉間にしわを寄せ、表情に怒りがうっすらと浮かぶ。


 わたしたちというのはシャルムを含めたハデス一家ということなのか?


「ダジュームの歴史は歪曲されている。あなたが最初に来たときに読ませた本があったわよね? あそこに書かれていたのはウハネが覚醒して魔王を倒したという歴史。それはダジュームの都合のいいように書かれている、嘘の歴史よ」


 シャルムの歯ぎしりする音が聞こえてきそうだった。


 今のシャルムの目に映っているのは、ウハネへの憎悪――。


「父はウハネから対話を持ちかけられたのよ。休戦のための対話、今回あなたがしようとしていることと、立場は逆よね。それで私たち、母や私もダジュームに招待すると。そもそも父もダジュームと争うことを望んではいなかった。ウハネ側から休戦を提案されたら受け入れるつもりで、私たちはダジュームへ向かったの」


 ウハネに嵌められた、という結末を聞いているのでここから先の話を聞くことが怖くなってしまう。


「ちょっと、質問いいか?」


「……どうぞ」


 俺は小さく手を上げて質問をする。


「そのときにはもうダジュームと裏の世界は繋がっていたんだよな?」


 恐る恐る聞いたのは、やはりファーストムーバーのことだった。この二つの世界を行き来するためには、最初に空間同士を繋げた人物がいるはずなのだ。


「あなたはずっとそれが気になっているのね。そりゃそうよね、もしかしたら自分の元いた世界に戻れるかもしれないって考えてるんでしょ? 別の世界に飛べるスキルがあったならって?」


 シャルムにはすべてお見通しのようだ。もはや俺から何かを隠すことはできそうにない。


「ベリシャスが言ってたんだよ。【ワープ】のスキルは一度行ったところにしか行けないって。でも今はダジュームと裏の世界は繋がっている。誰かが最初にこの【空間移動】のスキルで二つの異世界を繋げたんだって。それはシャルムの母親じゃないのか?」


 ベリシャスから聞いた話と、シャルムの話からの予想であった。


「いえ、【空間移動】のスキルを持っていたのは父、ハデスよ。父が最初にダジュームに移動して、母と出会って、魔王城に連れ帰ったの」


「え? ベリシャスはお兄さんはそんなスキルを持っていなかったって言ってたぞ……?」


「あなたは何でも信じるのね。ベリシャスは嘘をついたのよ」


「な、なんで?」


「このことはあなたには打ち明けるつもりはなかったのよ。私も、ベリシャスも。できることならば【空間移動】のことは知られないまま、ハデスを生き返らせてほしかったのよね、私たちは」


「私たちはって、ベリシャスも?」


「もちろんよ。兄を生き返らせたくない弟なんている?」


 俺はベリシャスから真意を聞かされていなかったのだ。馴れ馴れしいキャラだと思っていたら、それも俺を騙すためだったのか?


「あなたを騙すつもりはなかったのよ。ハデスが【空間移動】のスキルを使えると知ったら、あなたは【蘇生】させてた? 少なくとも、悩みはしたでしょ? 交換条件みたいなことをしたくはなかったのよ」


 少しだけ眉を落とすシャルムは、嘘を言っているようには見えなかった。


 そして俺は自問自答する。


 もしハデスが【空間移動】を使えると知っていたら……。


 俺は生き返らせていただろうか? ダジュームの平和を守ることを放棄し、自分の元いた世界に帰れることを優先しただろうか?


 俺は――。


「でもあなたは元の世界ではすでに死んでいるのよ? 【空間移動】ができたって、戻る体がないってことは最初に言ったでしょ?」


「あ、そうか……」


 俺は肩を落とす。しかし、ここまできて簡単に諦められない気持ちもある。


「話を続けるわよ? いい?」


 明らかに悩む俺に優しく声をかけ、シャルムは先を続ける。


 それはシャルムがどうやってこのダジュームで異世界ハローワークを開いたのか。シャルムの出生から、シャルムと魔王軍の関係、果てには俺の運命まで――。


 俺はついにこのダジュームで何が起こったのか、そしてこれから起こるのか、すべての歴史と真相にたどりつくことになったんだ。


 

 第十章「この裏の世界の片隅から」 完

 

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