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――スキルもチートもありませんが、ジョブは見つかりますか?
ハマカズシ
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さよならケニー(1)

公開日時: 2021年2月12日(金) 18:05
更新日時: 2021年12月22日(水) 12:08
文字数:3,418

 勇者と魔王軍ナンバー2のランゲラクに狙われているアイソトープ。


 これが俺の現状なんだけど、まるでなんのことやら理解できないでいた。


 そして俺を守ってくれるのが魔王軍の妖精であり、それが魔王の意思というのだから世の中は不思議でいっぱいだ。


 俺をめぐって、勇者と魔王軍がぶつかる可能性があり、その結果ダジュームに戦火がまみえるのだという。


 すべては俺が持っていると思われている【蘇生】スキルのせいなのだが、できればもっと違ったベクトルで人気者になりたい人生だった。


「じゃあ、行くわよ」


 小さな妖精ペリクルが俺の右手をひっぱる。


 ダジュームが厄災に見舞われないように、俺の身を隠してしまおうというのがこのペリクルが現れた目的だった。


「ちょっと待てよ! いきなり逃げるって言われても……」


「早くしないと勇者が攻めてくるわよ! あいつら、この町を焼き討ちにしてでもあなたを探すつもりよ!」


「そんなモンスターの悪事みたいなことを勇者がするかよ!」


「とにかく行きましょう! 決断の悪い男は嫌いよ!」


 グイグイと腕を引っ張るペリクルに、俺は抵抗する。


 一応、この妖精の言うことは筋が通っているし、俺が知りたかったこともある程度判明した。


 だからといって勇者に命を狙われたり、魔王軍の内ゲバに俺が利用されていたり、話の規模が大きすぎて信じられないのだ。


 まるでダジュームの中心人物になったような気がするが、こんなことで勘違いをするほど俺は安易な性格ではない。


「とりあえず落ち着けって! な、ちょっと考えるから!」


「考えてる暇なんかないの! あなたを逃がさなきゃ、私がジェイド様に怒られるんだからね! あなたも死にたくないでしょ! ダジュームの明暗はあなたにかかってるの!」


 ペリクルと行く行かないとやりあっているときだった。


 猫が「にゃー」と鳴くと同時に、裏口のドアが開いた。


「おう、ケンタ。帰ったぞ!」


「ビ、ビヨルドさん?」


 ビヨルドが帰ってきたのだった。


 出張に行っていて、帰りは明日になると聞いていたのだが?


「倉庫にいるのか?」


 店から倉庫のほうにやってくる気配がして、俺は慌てて目の前にいる妖精を捕まえた。


「ちょっと、何すんのよ!」


「お前が見られたらややこしいだろ! とりあえず、ここに入っとけ!」


「や! お尻触らないでよ!」


 俺はアイテムが入っている箱にペリクルを閉じ込めて、問答無用に蓋をした。


 言っときますけど、お尻なんか触ってませんからね!


「おう、アイテムの整理してくれてたのか。ご苦労だったな」


 倉庫に入ってくるビヨルド。


 間一髪、ペリクルを見られることはなかったようだ。その妖精の入った箱を持って、そっと後ろに隠す。


「帰りは明日になるんじゃなかったんですか?」


「いやな、思ってたより早く売れちまってな。アイテムを補充しに一旦戻ったんだ」


 そう言うと、ビヨルドはアイテムが入った箱をチェックし始めた。


「じゃあ、すぐまた行くんですか?」


「ああそうだ」


 ビヨルドは俺には目もくれず、アイテムを集め始めた。


「手伝います!」


 俺も手伝おうと、ペリクルが入った箱をそっと棚の奥に隠す。


「いや、ケニー。お前はいい」


「え?」


 何かと人使いが荒いビヨルドが、珍しいことを言い出す。


 これまでも居候させてもらっているお礼として倉庫の管理や店番など、できることは手伝ってきた。ビヨルドも遠慮なく俺に大量の仕事を任せてくるのだが、俺も嫌な気持ちではなく、純粋に少しでも役に立ちたいと手伝ってきたのに。


「どうしたんですか? アイテムを馬車に運ぶくらいはさせてくださいよ」


「いや、いい」


 ビヨルドは俺と目も合わせず、黙々とアイテムが入った箱を外に停めてある馬車に運び出す。


 俺も箱を持とうとするが、ビヨルドがぶんどるようにして、手伝わせてくれないのだ。


「ビヨルドさん、どうしたんですか? なんかあったんですか?」


 いつもの優しく人使いが荒いビヨルドとは明らかに違う。


 何か気に障ることでもしたのかと考えるが、思い当たることは何もない。


 ほとんど俺は何もできないまま、ビヨルドは馬車の荷台をアイテムで一杯に詰め込んだ。


「じゃあな」


「え、もう行くんですか?」


 するとビヨルドは家にも上がらないまま、馬に乗ろうとする。


「ケニー、お前はお前がするべきことをするんだ」


「え?」


 俺に背中を向けたまま、ビヨルドがつぶやいた。


「お前は自分を過小評価しすぎだ。お前にしかできないことがあるんだろう?」


 いつもより声がずっしりと重く感じる。


 まさか、さっきのペリクルとの会話を聞かれていたのか?


「ビヨルドさん、そんなことは……」


「お前はこんな金鉱で働いてるような男じゃない。もしダジュームのためにできることがあるのなら、それをやるべきだ」


 やはり聞かれていた。


「俺、そんなたいそうな人間じゃないですよ! ただ妙な誤解で狙われているだけで……」


「この世の中には主役になれる人間と、一生その他で終わる人間がいる。俺は決して、ダジュームの真ん中には立てない人間だ」


 馬の背を撫でながら、ビヨルドが言う。


 すでに空は暗くなり、欠けた月が世界を照らしている。


「だがお前は違うだろう。お前は与えられたスキルを大事にして活用すべきだ」


 どうやら【蘇生】スキルのことも聞かれていたようだ。


 これ以上隠すこともできない。


「でも俺、自分がそんなスキルを使えるとは思えないんですよ。ただ周りだけが俺のことで騒いでて。何が起こってるかさっぱり分からないんです」


「いいか、ケニー。世の中には、スキルがなくてやりたいジョブに就けない人間のほうが多いんだ。お前にしかできない、ケニーにしかできないジョブを見つけるべきだ。それは決して金鉱掘りなんかじゃないだろ?」


 ここでビヨルドが振り返った。


 その表情は今まで見たことがないほど真剣なものだった。


「俺にしかできないジョブって……」


「ちょっとだけ、昔話をしていいか?」


 馬に背中を預けて、ビヨルドは月を見上げた。


 俺は黙って頷く。


「俺も若いころはな、冒険者だったんだよ」


「ぼ、冒険者?」


「そうだ。勇者になることを目指して、モンスターと戦い、ダジューム中を旅してた」


 突然の告白に俺は驚いてしまう。


 勇者を目指すなんて、シリウス以外から聞くことになるとは。しかも、このビヨルドさんから。


「いろんな国へ行ったぜ。そりゃもうとんでもないモンスターに出会って死にかけもした。そのときは冒険者として死ぬことが誇りだと考えていたが、なんとか仲間たちのおかげで生き延びてきた。だが、俺みたいなもんが勇者になんてなれるわけもなく、ただの素人冒険だってことは分かってた。勇者になんてなれるわけがなく、いつか諦めて冒険を終わらせる時が来るだろうってな」


 このダジュームには勇者は一人しかいない。


 それは国際勇者協会という組織が任命するらしいのだが、俺も詳しいことは知らない。きっとノーベル賞に選ばれるようなものだと、俺は理解していた。


 誰もが勇者になれるわけがない。


「そんなとき、出会ったのが女房だった。このデンドロイの町でな。実はこの店は、女房が営んでいたんだ」


 俺は「そうなんですか」と相槌を打とうとして、やめた。


 ビヨルドがその奥さんと離婚していることは、ずっと前から聞いていた。離婚の理由は知らないが、奥さんのほうから出て行ってしまったらしい。


 俺の眉が下がるのに気付いたビヨルドは、話を続ける。


「それで、恋に落ちたんだ。そして子供ができた。息子だったよ。その時決断をした。ここで冒険者は終わり。ここデンドロイが、俺の夢の終着点だったってわけさ。俺はこの店を継いで、家族三人で暮らし始めた。商人を新しいジョブとして」


 ビヨルドに子供がいたことは初耳だった。


 奥さんと一緒に出て行ってしまったのだろうか。


「俺は必死だったよ。この店を大きくしようと思って、外商にも力を入れ始めた。いろんな国に行って、売り歩くんだ。女房に店を任せて、俺はアイテムを売り歩いた。冒険者の血が騒いだんだろうな。一つの場所にじっとしてられなかったんだ」


「それが、今も続いてるんですね?」


「ああ、そうだ。おかげでケニーにも会えたってもんだ」


 ようやくビヨルドの表情が緩んだ。


「俺はとにかく家族に楽をさせたいと思って働いたんだ。一か月、家を空けることもあった。おかげで売り上げは倍増した。……だが、そんなときに事件は起こった」


 話が嫌な流れに向かいそうで、俺は手に汗をかいていることに気づいた。


 ビヨルドの昔話は思いもよらない方向に向かう。



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